March 16, 2004

ビジネス論対経験

昨晩5年ほど前からお付き合い頂いている、ビジネスの第一線で活躍されている人気者の先生(と私は勝手に思っている)とお会いした。久しぶりにゆっくり会って頂いたのだけれど、マージャンで勝つ秘訣の話からビジネス論まで、相変わらず面白いお話をたっぷり聞かせて下さった。

何のお話をしていても、刺激があったけれど、特にビジネスの研究と実践の違いの話には同感した。ビジネスを分析するにあたり、研究者によって色々な分析や方法論が語られるけれど、それは結果を説明する手段であり、それを使ってビジネスを実践しても成功はしないという話だった。

その話をして思ったのは、人を組み合わせる事によってできる組織は、部品を組み合わせる事によってできる機械とは違うということだ。例えば、同じ部品を使って、同じ形に組み合わせれば、同じ機能の機械ができあがる可能性は高い。でもある組織で上手くいっているからといって、できるだけ同じ能力の人を集めようと思っても、まるきり同じ能力の人間なんてまずいない。教育や仕事の経験に基づいて何とか似たようなバックグラウンドといえる人たちを集めて組織を作っても、性格の組み合わせで組織のダイナミックが全く異なる。だから、ある会社で成功した方法論を他で使おうとしても、上手く行く可能性は極めて低い。だいいち、自転車でさえ乗れるようになるには、説明よりもとにかく実際乗って練習して体得しなくては乗れるようになれないのに、何故ビジネスの理屈を勉強しただけで、人間関係、業界状態、政治状況等の複雑なファクターに反応したビジネスで成功できると思うのか。

単純だけれども中々気がつかない根本的な事。私はベテランとはいえないけれど、大人として働き始めてから25年近くたって、やっと根本的な事が分かるようになってきたという感じがする。でも私はきっとまだまだ分かっていないのだろう。そう思うとへりくだった気持ちになる。分かる人は、若くから色々と理解でき、分からない人はいつまでも理解できない。

私は学びのペースが遅い。でも人気者先生のおかげで考える機会を頂いた。

February 03, 2004

音楽家の働き方

先日きちんとかっこいいコーチからNew Orderの音楽をご紹介頂いた。今日仕事をしながらRetrospectiveを聞いていて、どんな人たちなのかなぁ、と興味が湧き、ウェブで調べてみた。 BBCでNew Orderについて面白い豆知識があった。それを読み、Joy Divisionとしてのバンドの頃Ian Curtisというリードボーカリストが自殺で亡くなり、その後残されたメンバーでNew Orderを結成し、新しいメンバーを向かえ、音楽のスタイルを進化させ、後グループバンドというある意味での組織にとらわれず、個々として、グループとしても音楽家である自分達の技を追及しているということを知り、感銘を受けた。

きっとこの人達は、最初からこうしようと思ってやってきたのではないと思う。縁あって出会い、仲間になったのだと思う。誰一人、Ian Curtisが自殺するなんて思わなかったのでは。その後もきっと自問し、皆で話し合い、進んできたのでは?こうやって後から話を聞くと、なるべくしてなったというふうに見えてしまうけれど、本人達は、一つ一つ乗り越えて来た訳だ。時にはただ運に身を任せたのではないだろうか。

少なくとも限られた情報を読んだ限り、New Orderの働き方は、音楽家としての枠でなく、自分の生き方を追求した働き方として大変魅力的だと思う。与えられた運命でできることをやってみる。グループとしても、自分としても可能性を試す。

January 17, 2004

権限

保育園の保護者役員会に参加した。必要事項を終わらせた後、子供を生み育てて初めて自分の仕事を本当に知ることができる、という話で盛り上がった。

一人のお母さんは栄養士。子供を育てる身になって、自分の知識が役に立たないということに愕然としたという。例えば子供が病気になって処方箋を買いに行く。すると、栄養士だと知っている薬剤師は、「食事に関してはよく分かっているだろうから・・・」と言って、何を食べたら症状に良いか遠慮してアドバイスしてくれなくて、「そんな、分からないから教えて下さい!」とすがったそうだ。栄養士で偉そうにしていても、分からない事の方が多いんだ、と知った。

もう一人のお母さんは、看護婦。お産に立ち会う時、ほら、そんなにあばれないで、息をちゃんとして、痛いときにいきんで!と言っていたのに、自分のお産の時に、そんなこと言われても何の役にも立たない、という事を思い知らされた。

専門の仕事をしていると、その道については権限があるように思えてくる。私のワークプレイスについて仕事も然り。特にコンサルタントなんて呼ばれると、それなりに振舞い始めてしまいがちだ。でも本当は、その道で日々自分の事として奮闘している人達の方が、よほど役にたつ知識を持っている。

現場に敬意を持って仕事にとりかかる。それがとても大切なんだな。

December 14, 2003

ネットワーク・コミュニケーション

土曜日の朝、次男のけんぞに電話がかかってきた。電話を切った瞬間けんぞがばたばた準備をし始めた。「鯛ヶ崎公園でお餅が食べられるんだって!200円ぐらいと、お弁当箱とお箸ちょうだい。俺行ってくる!」

あっという間にけんぞは出かけて行った。その後三男のかんたがお使いから帰ってきた。一緒に鯛ヶ崎公園行く?と誘ったらすぐに乗ってきたので、私たちもお弁当箱とお箸を持って公園に出発した。

公園には大人、子供と沢山いた。珍しくかんたの保育園のお友達は一人もいなかったけれど、長男のしんじの中学時代に知り合ったお母さん方が数人いた。その中にしんじがずっと親しくしてもらっているかよちゃんのお母さんがいて、久しぶりにお話をした。

かよちゃん母:また27日にお泊り会をやるんですよ。もうあのメンバーは一緒にいることが楽しくて、楽しくてしょうがないみたいね!しんじくんは来れるのかしら?
私:うーん、私はいつもゆるゆるだから、良いよって言っちゃうんだけど、お父さんがねー。ちゃんとさせるために、遅刻とか、あんまりだらしなくしていたりとかしてると、罰で行かせてくれないんだよねー。
かよちゃん母:あら、そう!じゃあ、うちの子にメール送らせるわ。ちゃんとしなさいよってね。
私:それは有難いな!

家に帰ってから、しんじに言った。

母:かよちゃんのお母さんと会ったよ。27日お泊り会があるんだって?
しんじ:あー
父:なんだそれは?
母:行きたいんだったら今からちゃんと父さんと話しといたら?交渉が必要だったら今のうちにしといたほうがいいんじゃないのー?
しんじ:父さん、あのさ、・・・・

かよちゃんのお母さんとの会話が無ければ、多分しんじはまたドタンバでだめって言われて、必要以外にもめる可能性が高かったと思う。そしてまずは、私がかんたを鯛ヶ崎公園につれていかなければ、かよちゃんのお母さんと合うこともなかった。

ネットワーク・コミュニケーションって要するにこういうことなんでしょう。家庭とか会社とか区別はなくて、やらなくてはならない事は、人間どこでも同じですねl

December 08, 2003

年齢とクリエイティビティ

今日も年齢とクリエイティビティについての話が出た。以前、Isaoさんとblog上で「人が枯れる」事についてちょっと会話をしたことを思い出した

人は年をとるにつれて、クリエイティブでなくなっていく。その手の話はよくある。アインシュタインも、ニュートンも、ある年齢から亡くなるまで何十年も新しい発見はしていなかったらしい。私が面識のある世界的に有名なデザイナーも、周りに気を使わせる事で有名になっていて、ハッとする新しいデザインはしばらく出していない。私も気がついたら、怠けていた。今までの実績で、大したことをしなくても、会社にぶらさがっていることができる。私は会社にぶらさがっていた!

1年以上前から、空回りしていて、必死だったけれども、どこがどうできていなくて成果が出せないのか分からないでいた。その内、ジタバタしても上手くいかないから、周りに最近出した成果を伝えて、情報共用しようという考えで、コミュニケーションに時間をかけた。そして、気がついたら、怠けていて、コミュニケーションだけに時間をかけ、肝心なプロジェクトが入ってきても、魂が入っていなかったような気がする。

ぞっとした。これが年をとるということなんだろうか!過去の実績とそれに基づいた周りの私に対する評価にぶらさがっていた。今新しいチャンスが沢山ある。もう一度新しい発見のために火をともした。本気で仕事に挑もう。

幼いころは、怖いものが沢山あった。でも、不思議な発見は簡単にできて、わくわくすることが沢山あった。何年も過ごしているうちに、怖いものはずいぶん少なくなった。それと同時に不思議な発見は積み重ねた努力の果てのみにできるものとなって、子供の頃のようなわくわくする気持ちは、一生懸命に働き、学び、自分を磨いてのみ経験できるものとなった。

圧倒的に多くの人達が年をとるにつれて枯れていく。それは、一生懸命をしなくなると起こることなのだろうか?少なくとも私の場合、毎回前よりももっと一生懸命努力をしなければ、次の不思議な感動が訪れなくなってきている。生き続けて、なお社会に貢献するためには、ひたすら稽古を続けるしかないんだ、と改めて体得したと思う。Masteryでも、The Winner Withinでも語られていて、あれだけ何度も読み返していたのに、身近な経験をするまでは、本当にレッスンを学べなかった。

これが、組織の経営軍の大きな壁なのではないでしょうか?きっと沢山の人達が過去の実績でお給料をもらっていて、ビジネスでの稽古をやめてしまい、努力もしなくなっている人達も沢山いるのではないでしょうか?そして、私たちの誰もそうはならないという保障は全くないのでは?

October 20, 2003

モノを創ること、製造すること

10月4日のHow Versus Whatのエントリーでも、モノをつくるという過程においての創ることと製造することのギャップについてコメントしたが、今日も再度それについて考える日となった。ヨーナス・リッデルストラレや、トム・ピーターズを読んでいると、知識に価値があるということはもっともだと思うし、スピード感にあふれ快適だ。でも、この人達は、やはり”あるべき”論から展開していて、私としては、モノ無しの知識に価値があるかというと、不信感を持ち始めている。

確かにソフトウェア創りなどは、比較的にスピーディに行えるかもしれない。でも、ソフトウェアも結局は頼りになるハードウェア無しでは使い物にならない。ソフトウェアの生産技術とハードウェアの生産技術は全く異なる。ハードウェア、例えばパソコン一台つくるにしても、知識だけでなはく、実に多くのモノ、資源を必要とする。本体のためのプラスティック樹脂の安定した品質と価格は、石油の供給をはじめ、あらゆるファクターに左右される。石油を掘り続けるには、自然をどこまでコントロールできるのか。石油を掘る場所に関しては、多民族の文化の調節も関係してくる。

私たちは、ビジネスの面白い、カッコいい部分に集中して、地道だけれども、それなしではできないビジネスの要素については忘れがちだと思う。今日大型商品の製造工場の見学をした際、ソフトウェア会社の方々の反応を見て、更にその思いが強くなった。うわ!これがモノつくりニッポンなんだ!素晴らしい!こんなの見ると、自分達のやってることってホントなんてことないんだと思う、という反応。

本当に価値のあるモノが生産され続けるには、この手間隙コストのかかる製造というシステムを理解し、いかに製造するイノベーティブな商品を開発する側と、製造のためにシステムを作る側が共創できるかを考えぬかなければ、総合的なビジネスは語れないのだと思った。

October 17, 2003

信頼できる人から

昨日クライアントを、場創りに必要かと思われるパートナー達を紹介するために、4社訪問した。機から見たら、私の会社と4社は競合だ。でも、私の中では、どこも競合ではない。会社のサービスメニューは似ているかもしれないけれど、第一にその会社の、特定の人たちを紹介している。誰でもが同じスキルは持っていない。第二に、会社によって強いところ(特化した知識とスキル)がぜんぜん違う。お付き合いしている中で、私は確実にどこが強さか分かっていて、プロジェクトの際は、クライアント、プロジェクトの内容によって、よくこの方たちに一緒にやろうよ、と声をかける。

アドベンチャーは共に旅をする仲間選びから始まるでしょう?北極制覇の初挑戦でも。映画「アルマゲドン」のストーリーでも。プロジェクトも信頼できる人から始まる。

October 07, 2003

勉強したい

BizTech Eventsのメルマガが送られてきた。しばらく目を通していなかったけれど、いよいよスキルを磨くために勉強したい、という気持ちで、今の私に合っているようなセミナーを探した。でも今回もまた空振り。先週辺り、他のメルマガを通じてカレッジオブパフォーマンスのカンファレンスに申し込んでみたけれど、私の望んでいるような内容ではないので、キャンセル。

グループディスカッションの際のファシリテータースキルを磨きたい。コーディネーターとしての役割を明確にさせるドキュメンテーション創りをもっと効率的に、効果的にやりたい。ファシリテーター機能のために、渡邊さんのお勧めのコーチングのトレーニングを受けようかなと思っている。

メーカーの商品やシステム主導でない、本当にクライアント重視で行うコンサルティングのための教育って、システマチックに大々的に、更にプロフェッショナルな開催手法でやっているNPO等は無いのだろうか?

September 20, 2003

後払い

Casitaのオーナー、高橋滋氏の「アイ アム ア マン」を読んだ後、ふと思った。サービス業とされているレストランも、ホテルも、後払い。何故こうなったんだろう?映画は先に払う。ではコンサルティングサービスは?私の大好きな、ドラッカーのAdventures of a Bystanderに登場するWillem Paardoomは、4年前に初めて読んだ時は、それほどでもなかったけれど、先日再度読み返した時、私は熱烈なファンになってしまった。コンサルタントの鏡!!!あるべき姿!Parrdoomの仕事のしかたは、

1.興味を引くビジネス内容のものを選ぶ。
2.その中で、自分の貢献がものすごい利益を生む可能性のものを選ぶ。
3.自分のプロジェクトとしてそのビジネスを研究し、誰でも一目でそうだ、これだ!何で今まで気がつかなかったんだ?という解決案と実践案をまとめ、その企業のトップに会い提案する。そしてお金が始めて動く。
4.ホンモノのWin-Win。

これって後払い。ここ数年間Web関係で利益を上げている人達も、後払いでもらっているような気がする。私は今のコンサルティングビジネスは嫌いだ。自分でやっていても何だかすっきりしない。だってあまりにも詐欺っぽい。上手くいかなかったら、それは依頼した企業がちゃんとしなかったからなんて、おかしな話だ。だからこれからはこの後払いのモデルで行くことにした。だめだったらマッサージ士になるか、体の固い人達に特化したヨガの先生になろう。

さっそく先日パスしたプロジェクトに取り掛かってみることにする。

September 14, 2003

失敗の本質

戸部良一氏の失敗の本質を読んで愕然としている。順化していた日本軍の組織について読みながら、現在の日本における大企業の組織が浮かんでくる。野中郁次郎氏が米国で初めてKnowledge Creating Companyを出版したのは1987年だったと思うが、Knowledge Creating Companyでは野中氏は、日本企業、組織についてポジティブである。野中氏も戸部氏と失敗の本質を出版したのは1985年。将来の日本企業組織への警告だったのだろうか?

特に鮮明に思えたエントリーは下記の通り:

 失敗の序曲:作戦目的があいまいであり、中央と現地とのコミュニケーションが有効に機能しなかった。情報に関しても、その受容や解釈に独善性が見られ、先頭では過度に精神主義が誇張された。

 なお日本軍を圧倒したソ連第一集団司令官ジューコフはスターリンの問いに対して、日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である、と評価していた。
 満州国支配機関としての関東軍は、その機能をよく果たし、またその目的のためねは高度に進化した組織であった。しかし統治機関として高度に適応した軍隊であるがゆえに、戦闘という軍隊本来の任務に直面し、しかも対等ないしそれ以上の敵としてのソ連軍との戦いというまったく新しい環境に置かれたとき、関東軍の首脳部は混乱し、方向を見失って自壊作用を起こしたのである。

 ここで問題にしているのは、両者のいずれの会見が軍事戦略上、適切であったかではない。より根本的問題として、作戦の立案者と遂行者の間に戦略目的について重大な認識の不一致があるという点である。とくにきわめて多様な戦略的対応を求められる統合作戦の場合には、この不一致のもたらす結果は決定的であるといわねばならない。

日本軍人の勇敢さやここの士官の優秀さは米国軍も認めるところがあったが、こうした人々は巨大で複雑な、書式かされた現代船の作戦で成功を勝ち取るのに必要不可欠な「高度の平凡製」が不足していたのである。・・・
 〜鑢世淵ぅ縫轡▲船屬かけていたこと。
◆〔仁瓩泙燭論鐶Г鉾撚執堝阿鬚燭咾燭咾箸辰燭海函
 虚構の成功の報告kを再三報じたこと。

 日本軍は事実から法則を析出するという本来の意味での帰納法ももたなかったというべきかもしれない。
 日本分の戦略策定は、一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。

日本における社会的要素、心理的要素は、第2次世界大戦時の日本軍、又は現在の日本大企業における組織的特性や欠陥を作りやすいのだろうか?破壊への道。歴史は繰り返されるのだろうか?1930年代前の日本での組織特性や欠陥はどのようなものだったのだろうか?例えば江戸幕府。それ以前。

September 09, 2003

某大企業で役員になるということ

役員になるとホント「つまらない」イベントが多くなるね。だから大企業の役員って精神的に凄く負担があると思う。優秀だから上に上がっていく。でも上がると仕事に直接的な影響が与えられない。

スポーツでいうと、役員はコーチの才能がある人がやるべきで、優秀だからといってスター選手をコーチにするのか?スポーツでは勝負が分かりやすいけれど、ビジネスだとそれが見えていないというのが今の日本の大企業だね。もちろんとことん選手として勝つために戦える時期が過ぎた時、コーチとしての才能があるのであれば、引き続きコーチとして活躍することもできるし。

でもこういう人達っていうのは、優秀な選手たちのコーチにしかなれないよね。「できないやつら」の気持ちも分からないし、そういった人達の長所を伸ばすといってもさっぱり分からないだろうから。80/20の80の人達を伸ばすのは、自分が80で伸びることができた人が一番良いんじゃないかな。

August 27, 2003

ニューオフィス賞が、リサイクルリユーズを重視する 3

昨日日経ニューオフィス賞受賞会に参加した。色々なオフィスが受賞していたが、富士ゼロックスKDIスタジオと他の受賞したオフィスについての明らかな違いがあった。他のオフィスは、会社側からこう働いてほしい、こう変わってほしいという思いの基に作られた。KDIスタジオは、そこで働いている人達が働き方にあったオフィスを作った。ようするに、IT、HR,ビジネスプロセスは働く人達のあるべきところに既にあって、後は場をあわせるだけだった。

前回、KDIスタジオは、20%の先端を行くワーカー達の中に入っていると書いた。これができる会社のできる部署、又はできる中小企業の今後の場創りのスタイルだと思う。ナレッジワーカーのワークプレイス創りここにあり:25人以下で結成されているグループが、自分たちの仕事にあわせて場創りをする。場を仕事、状況に合わせて変えていく。

August 21, 2003

知の積極的な提供

1ヶ月以上前に借りた本。早く返さなければという気持ちでサラッと目を通すつもりで「暗黙知」の共用化が売る力を伸ばす:日本ロッシュのSSTプロジェクトを昨日読み始めた。人の読んだ本を借りるのは面白い。まずは本の持ち主が線を引っ張ってある所、コメントが書き込まれているところを読むと、その人がその時点で何を考えていたのか何に興味を持っていたのかが良く分かる。ようするに、読む人間の精神状態、学びの過程によって、その本から得るものは全然違う。今回借りた本に線が引っ張ってあるところは、プロセスのエッセンスが見えるところだった。同じ本を読みながら私がノートに書きとめたところは、会社の成功に絶対不可欠な要素だ。「暗黙知の共用化」といっても、日本ロッシュが成功したのは一つ一つの場に順序があって、その場での人の動き、気持ちが統合したから起こったわけで、どこかの部分だけコピーしたからといって物事は成功しない。

日本ロッシュの小川社長が、「全部オープンにしちゃいなさいよ。減るもんじゃないんだから」と言えるのはそれを理解しているからなのだと思う。どの会社もその時点の成長過程は変えられない。ロッシュのやり方を部分的にそのままコピーしたからといって、成功するはずがない。その反面、まず自分から知を発信することによって、相手もオープンになってくれるし、その人が持っている最新情報を分けてくれる。それが野中郁次郎教授が言った「地は積極的に提供しなさい。そうすれば、自らの知はさらに高みにのぼります」の意味なのでしょう。更に、大きな成果を上げるには信頼関係無しではありえない。この本で私にとって一番インパクトのあったエントリーは、「SSTは、選手と密着したコーチング手法を実践した。だからこそ、成し得た成果だった。教える側と教えられる側に、信頼関係がなければ成り立たなかっただろう。」というところだった。

こうやって場創りについて書きつづけていて良いんだ、と思うと同時に、今携わっている某大企業のプロジェクトでその「信頼」と「自ら実践する」という事に気がついてもらえるにはどうすれば良いのだろうか、と一生懸命考えている。この本を一生懸命読みながら。

August 02, 2003

ワーク・ライフと食

バンガロール(インド)では、機内、ホテルとクライアント事務所のカフェテリアでしか食事はとらなかった。だから、本当にインド料理を食べてきたとは言えないかもしれない。でも、この限られた範囲での食事は最高に美味しかった。インド料理は今まで私が食べたことのあるどの国の料理よりも私の好みと体に合っていると思う。行きのインド航空の機内食から、日本に戻るまでの7日間、ずっとベジタリアン・インド料理で通した。帰りの飛行機から去る国の料理が食べられなくなることを嘆くなんて、今回が初めてだ。それは東京で仕事をしている限り、インド料理のレストランに行けば本物のインド料理を食べることはできる。でも今私は毎日毎回インド料理が食べたいのだ。インド以外だと、どこに住めばインド料理だけの生活ができるんだろう。手っ取り早いのは、東京に住んでいるインド人からインド料理の作り方を教えてもらうことかな。

クライアント先のカフェテリアでは、暖かい料理は全てベジタリアンだった。サンドイッチ、小さな袋入りのポテトチップス、多種類のバタークリームタイプケーキ(これって?という感じでしたが)も用意されていた。暖かい料理のビュッフェは一人25ルピー(約100円)。食べ放題で、一般のThali(定食)と呼ばれているものだ。一日社内で働いている人達には、食事は楽しみの一つであるケースが多い。食事で人間の体調が大きく影響される。ワークライフと食は、仕事の質と、ワーカーの生活の満足度に大きな影響を与えている。

ナレッジワーカーも、現代型ナレッジ工場ワーカーも、多くの人達が安くて簡単に食べられる美味しいけれども栄養を持っていないものを食べ過ぎているのでは?ワーク・ライフの向上を図るために、食生活の向上を実践している方たちのお話を聞いてみたいと思った。


May 28, 2003

イノベーションのお金はどこから出すのか?そして安く!早く!

昨日ワークプレイス評価調査について望月さんとミーティングした際、イノベーティブな商品はどうやって生まれるんでしょうか?といういつもの質問をしてみた。望月さんのお話しでは、この間までは、ちょっとしたアイデアが湧いたとき、変わったことを頼めば面白いものを創ってくれた遊び人が研究所に居たとか。あいつに頼もう、というような人。それができたのは、お金の出所をあいまいにすることができたから。いわゆるTom DemarcoのSlack(余裕)の話しだ。そして経理手法の領域だ。

そうなんだ。ITは人のニーズを測ることができない。今だに単純な単位に凝縮できるものしか測れない。愛とか、幸せとか、真実とか、満足とかを確実に測る単位などない。

今やITのおかげであらゆるものがクリアに解るようになった。どの部署がお金をつかっているか。どこに配当するか。生産量、面積など数えて測れるものの単位で組織も分けられ、各部署への配当がはっきりと、早くできるようになるにつれ、その測れない暗黙の部分で構成されているイノベーションが比例して起こらなくなってきたんだ。

私たちは場創りの話しから、話しの流れにまかせて続けていたら、思いがけない新しい理解をえることができた。

そして、それがどうして今日のビルの安く、早くプロトタイプをつくることがイノベーティブな商品創りに重要かという話しにつながっていく。

今のIT化された経理手法に基づいてお金の行き所を決めると、明らかに必要なところにお金が行かない。いわゆるとりあえず名目が商品開発のところとか、とりあえず広報とかに行く。でも、本当の商品開発というのは、面白おかしく、知恵を絞って考えると、金を使わないでプロトタイプをつくったり、シミュレーションしたるする方法はいくらでもあるということだった。海底カメラのテストをするからって、そのものを実際水の中で実験する必要はないときがある。要するに問題点をできるだけ単純化させ、それに絞って考えれば、人と紐だけでカメラに巻きつくコントロールコードの問題などを理解させることができる。だから、イノベーティブな「思い」を持った人達の仕事の進め方には、単純に!安く!早く!が非常に重要になるわけだ。

両方とも単純化。でもなんと言う差なのだろう。

May 17, 2003

失敗学

公共事業の末端である、保育園の運営。今日の保育園保護者会総会は面白かった。
保護者からのあらゆる質問に関して、園長は「私立の保育園なら私の方から直接お答えできるが、園の方針、仕組みは市で決められているため、私達はそれを実行している。私からはそのようなご質問にお答えできない。」と返した。ふ〜ん、これが巷で言われるお役所仕事ってやつか、なんて関心した。自分の意思を持たずに、道徳、影響を考えず、言われるがままにお上に従う。人間って育ったシステムの範囲でしか進歩しないんだな。戦後何でもありで、失敗を恐れずに行動できたのは、どうせ失敗したって失うものはたいした物ではなかったから。だから本田宗一郎、井深大、松下幸之助が成功したのでしょう。その前の明治維新も、その前の戦国時代もそれぞれ失敗学を実践した人達が成功している。

昨日のソニー役員の方々とお話をした際も、このトピックが持ち上がった。失敗学のすすめも話に上がり、私はいつもの通り熱くなり、喋り捲ってしまった。そもそも知識経営から始まり、やりがいのある仕事が物理的な場をどうこうするという前にあるという話からだった。ちょうどマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングのメルマガにもそのようなHR企画のことが書かれていた。

今日の総会で、つくづく言うがやすし、と思った。失うものは何か。それを見極める力が無ければ、そして多少向こう見ずでない限り失敗学は実行できないと思う。

May 15, 2003

そして驚きは続く・・・

本田宗一郎、ピーター・ドラッカーのエントリーの続きです。www.tompeters.comで紹介されていたRichard FarsonとRalph KeyesのWhoeverMakes the Most Mistakes Wins: The Pardox of Innovationで、本田宗一郎の失敗から学ぶというコンセプトは実はヘンリー・フォードでもあったという発見をしました。これってどういうことなんでしょうか??何故過去の偉大な方たちが教えてくれているレッスンを私達は受け入れていないのでしょうか?私みたいに43歳になるまでこういった本を読まないから?でも私が20代の頃読めたかな、この手の本。文章は読んでいても、意味はまるきり解らなかったかもしれない。

でもですよ、ひょっとしてこの意味を理解できた人達だけでも、実践すればそれは凄いことができちゃうんじゃないでしょうか?今日のプレゼンテーショントレーニングセッションに勝手に飛び入りしてこの話をしたんですが、あのメンバー達がこれを実践したら、凄い結果がでると思います。

May 10, 2003

本田宗一郎、ピーター・ドラッカー

「ニワトリを殺すな」お貸し頂き、有難うございました。面白かったです!
総合的な感覚が、「チーズはどこへ消えた?」や、「フィッシュ!」に似ていると思いました。ですから教訓の言葉があまりサラリとしすぎていて、私としては心が動かなかったということもありましたが、解りやすく書いてあるし、短いのでポイントを上手く説明するためには良いと思いました。

今まで散々本田宗一郎の話はあちこちで聞いてきたのですが、「ニワトリを殺すな」を読んだため、直接彼の考えと言葉に触れてみたくなり、アマゾンに「夢を力に―私の履歴書」「俺の考え」を注文しました。両方とも月曜日には入手するので、ワクワクして待っています。もうすでにお読みになったのでしょうか?

先日話した内容について、一生懸命考えてみました。まだ考えている最中です。ワークプレイスの評価については、仰る通り、仕事の成果とは直接の 因果関係は無いと確かに言い切れます。ただ、まだヨーロッパのように知的資産を具体的な経理手法に取り入れようという動きのない日本で、特に大企業がお金を使うということは経費か投資かという中で、ワークプレイスは経理上明らかに経費です。そこを因果関係はない投資だが、今後の為に絶対必要だから、と押し切るのか。道徳的にはこちらが正しいと思います。でも、ここで私がこじつけで経理手法の上でもワークプレイスの投資に効果があるように見せたいのは、できるだけ早く、できるだけ多くの人達にワークプレイス創りを実践して、テクノロジスト達が活躍する舞台を作りたいのです。そのために経理というゲームで勝たなければ、中々前進できないような気がします。

残念ながら和訳されていないようですが、ピーター・ドラッカーの自伝で「Adventures of a Bystander」というのがあります。ドラッカーの出合った人々で、特に彼に影響を与えた方々について書いてあります。その中で、「People are to me not only more interesting and more varied but more meaningful precisely because they develop, unfold, change, and become.」
(人間は私にとってもっと興味深く、バラエティに富んでいて、もっと意味がある。それはつまり人間とは発展し、広がり、変わり、そして何かになっていくものだからである。)というのが、私はたまらなく好きです。

私はその興味深い、バラエティに富んでいて、意味のある人達が発展し、広がり、変わりそして何か素晴らしいものになっていけるような場創りをができるようになればどんなにステキだろうと思っています。

April 26, 2003

働く事、生きる事

今日は前半の半日高校1年生の事でメソメソしながら仕事をした。
朝家を出る前に一悶着あったから。私を知っている多くの人達は、
えぇっ?!須田さんでもそんなことあるんですか!!!と思うん
だろうな。

もう1年ぐらいこんな状況が続いている。上がり下がりはあるけれど、
今朝はまた下がった。どうしようもなくて、仕事のメールのやりとりの
最中に、10年間お付き合いのある人にメールでその時点での気持ちを
書いたら、そんなリアクションだった。そうだったの?!!全然
気がつかなかったよ・・・。

30代前半ぐらいまでは、精神面で何かある都度体調が凄く悪くなって
仕事を休んだりしていたと思う。まあ、その頃に比べるとずいぶん
変わったし、仕事に集中する事によって、自分の心のリズムを
平常に保てるようになったと思う。だから、外からはメソメソは
見えていないらしい。今朝はパソコンに向かって仕事をしながら目が
ウルウルしていたけれど。

昨日これから1ヶ月間SECIプロセスのCであるC(統合化)に専念
しようと決心したので、マーケティングチームエリアで空いている
席を陣取った。だから今朝は真直ぐ席に行き、黙々と仕事をした。
このエリアはやたらと会話が飛び交ってうるさい。でも視覚的には
集中しやすいように上手く囲われているし、設えが心地良い。
うるさい会話も興味ある時には飛び込むけれど、パソコン上での
クリエーションワークに乗ってくると、あまり気にならない。
だから今朝の私の状況は、誰も気づかなかっただろうな。こちらの
心の準備ができていない時に気を使われると、しんどいしね。個室に
入ろうと思えば入れたけれど、今日は何となく振り向けば人が見える
ところにいたかった。

斜め隣に座っているフランクは人気者です。良く席に人が来ます。
今日は特別な理由で、夜7:00過ぎには皆上機嫌でフランクの周りで
ワインを飲み始めました。というより、フランクがボトルを席で
開けたから、ワイン好きが集まってきたという感じ。多い時で5、6人
集まりました。私がパソコンに向かって黙々と作業をしていたら、
「ふじが働いてるのに私達うるさいわね〜、ごめんねぇ」と
いうのが聞こえたので、ちょうど出来上がった資料をみんなに
むりやり見てもらった。どうせすぐ後ろにいたから、ちょっと
画面をずらしたら良く見えた。

私が帰る前にデスク周りを片付けていても、男連中4人がまだ飲んでいて、
お互いの国についてジョークを飛ばしまくり。おかげでたっぷり
笑わせてもらいました。そこでパトが、普通に「週末何するの?」と
聞いてきました。なぜか解らないけど、「家庭問題でさ・・・」と答えて
しまった。でも、そのおかげで、そこでもらった皆からのコメント、凄く
嬉しかったな!

「子供には、タフ・ラブ(厳しい愛情)だよ。」
「自分で解っていくよ。」
「体験コースを紹介するよ。」
「典型的なティーンエージャー」

あのほんの5分の会話だけで、心が軽くなって、気持ちが明るくなった。
10時間前に会社に来た時となんという違い!
こんなにやりがいのある仕事をやらせてもらって、一緒にがんばっている
人達とこんなに楽しい思いをさせてもらっている。働く事、生きる事って
一体化している。この間虹を見たときのような気持ちになりました。


April 15, 2003

コンサルティング・ビジネス

コンサルティング・ビジネスの展開についての話があった。
このトピックは、現在多くの日本でビジネスを展開している
製造業者に当てはまると思う。

1.今まで良い商品がベースでマーケットシェアを維持してきた。
2.そのためその商品を使うユーザー環境の知識を得ることが
  できた。
3.その知識は、サービス業として売れる。
4.サービス業はコンサルティング業として成り立つ。
5.コンサルティング業で儲けたい。
6.どうすれば儲かるコンサルティング業のシステムを
  作る事ができるのか?

今日私が参加したディスカッションではこんな項目が
上がった(場を盛り上げるために何でもホワイトボード
に書き留めた):

1.ウェブを通じたマーケティング
  例えばビジネスメルマガ
2.2ちゃんでさくら
3.ビラ配り
4.本を書く
5.顧客データベースにメール
6.講演会
7.他のコンサル会社とのアライアンス

その場ではウェブマーケティングが現実味
のある戦略として前に進めることになった。
でも、その後、セッションをミスったメンバーと
ディスカッションした所、彼のコメントは
もっともだと思った。
「大体さー、コンサルティングなんて
営業するもんじゃないよ。ましてメルマガなんて。
名を上げてるコンサル会社を見てみなよ。
本を出版してるだろ?それに基づいて講演会。
そんなんで、どこそこの社長さんが、おお、これだ!
とか言って、秘書に、おい、このナントカさんに
電話して来てもらってくれ、って話しになるの。
それ以下の人と話したって、結局コンサルティング
なんて金になんないんだよ。」

では私はコンサルティングで(そう、まだ他に
呼びようが無い。)生活を立ていくのであれば、
本を書かなきゃならないわけ?

それはさておき、この製造業、代理店や、社内の
それに近い部署をコンサルティング企業に変身
させようと思っている。まださらっとしか目を
通していないけれど、トム・デマルコの
ピープルウェアを思い出した。

「管理者は、手品のように、必要な人材を提供する店が
あると思っている。そして、次のように電話で注文する。
「ジョージ・スミスがくたばったので、新しいのを頼む。
今度はあまり生意気でない方がいいな」」

要するに、モノ売りを専門として来た代理店のジョージ・
スミス達を新しいのと入れ替えるのではなく、インテリアを
リフレッシュするように、ジョージ・スミスの中身を
コンサルタントとして入れ替えてしまえると信じている
ようだ。

帰りの電車で、大林さんの話していた、大前健一の
質問する力を読んで、自分がそのように
真実を追究しているかというと、そこまで解って
質問していないと思った。尊敬する大林さんから
せっかく「質問するのが須田さんの売り」と言って
頂いたのだから、それに応えたい!と思う。

この企業に如何に貢献するか。まずはサイレント・マジョリティー
の思いを理解しよう。

そして早速質問:コンサルタントは、本を出版しなくても、
ホームページ、又はblogで仕事がつくのでしょうか?

March 17, 2003

生活するための収入を得る

金曜日の偕楽園きれいでしたね。
水戸は東京以上に寒かったから、まだ梅も7部咲き。
でも、昨日うちの周りの桜が咲いているのを発見!

季節の変わり目の話や、お天気の話しをするくらい、
この頃人と会って話しをする際、新しい働き方の話しが
トピックとして良く出てきますね。

今や日本でも新しい働き方をしている人達が結構いる。
オフィス、カフェ、自宅、取引先、電車の中全てが
働く場であり、ソロの仕事の効率は自宅がベスト、
オフィスや取引先は情報共用の場、カフェは開眼の場、
電車は読書の場、考える場という働きかた。
フェイス2フェイスのコミュニケーション、
メールにおける確かな文章におけるコミュニケーション、
電話でのその間のフォロー。アイデアを出し合うことを
大切にする。各アクション事項を確実に行う。

もう私みたいな外資系の20人規模の日本支社だと、
新しい働き方をしていてもあまり驚かれないな。

でも、私の周りには名の知れた企業に属していながらも、
新しい働き方をしている人が結構います。

スチールケースとか、コクヨのEciffo
のサイトや、雑誌関係だと色々な新しい働き方のイメージは
解りますが、カッコいい、凄い、とはいいながら、いったい
どうやってそのワークスタイルの中収入を得ているのか?

私もまだ企業に属しているからねぇ。結局コンサルティング
(あぁ、この詐欺っぽい響きイヤだ・・・)やっているけど、
コンサルティングで十分な収入はまだ無くて、そのツテで
入った家具販売の収入で認められて、それがあるから
お給料もらってて後ろめたくない。

どうやら日本の実態はその辺にあるようです。
KDIでこの間行われた
ワークショップ後の雑談の中では、製造会社がサービス会社として
変わり、成功している事例となるとIBM, ロッシュだという
事でした。

近々この人達に会って話してきてみます。Snipeや、コーチングの儲け方の
参考になるようであれば、また集まってブレストしましょう。