友人にフィガロジャポンの記事が良かったと話すと、ちょうど持っていたエルジャポンの最新号をくれた。その中に、メグ・ライアンのインタビュー記事があった。その内容は、私の理解している40代半ばの女性としての難関をくぐって成長したメグ・ライアンの話だと思った。
人間の成長過程について、幼児期についてはかなり書かれている。内容が正しいかどうかは分からないが、本でも、雑誌でもそのような内容について知りたければ簡単に手に入る。それが小学生、ティーンエイジャーになると、暗い部分を取り上げた記事や本は結構あるが、それ以外は少ない。そして、大人になると、「成長」についての資料はさらに少なくなる。
なぜだろう?文化的にタブーとされているものに触れなくてはならないからだろうか?恋愛、セックス、結婚、不倫、子育て。でもこれらは人間という生き物にとってはいたって当たり前の事だ。生きよう、子孫を残そう、とする生き物にとって。
例えば、ブロンドのきれいな異性に惹かれるアジア人は結構多いと思う。あるタイプの異性に惹かれるということは、自然が色々な遺伝子を組み合わせるために起きる現象だとどこかで聞いた記憶がある。その気持ちが強いということは、生命力が強いからだろう。強い生命力に忠実に生きることは、自然なのではないだろうか?
エルジャポンで、メグ・ライアンの記事のほか、女優やシンガー達のゴシップが面白かった。ビョークの事を自然体と呼ぶ。でも、一人の女優の事は、恋愛に狂い、仕事の質が落ちたとあった。もうひとつの「グロテスク」を書いた作家についての記事では作家は人は傷ついた人の立ち直る過程についてこう言っていた。悲惨なめにあった人は、傷ついてその事から立ち直ろうとしているのに、周りの好奇心が2次災害となり、更にその人を傷つける。有名人たちはいつもそんな目にあっている。幸せな恋愛は決して多くは無い。心理学者は恋愛に関しては殆どの人が常に不安だという。
そして離婚という現象が起こる。離婚はする側もされる側も苦しい。子供がいれば、子供も。公共の場で生きてみせてくれている人達は、皆すばらしいと思う。勇気のある強い人たちだ。ゴシップをする人達は、結局気がつかないうちにゴシップのターゲットとなる人達に真剣に考えるトピックを与えていて、最終的にはターゲット側が強くなる。
夏目漱石の「こころ」を読んでいる。読んでいると明治時代の終わりの生活が目に浮かぶ。人と環境。東京都心で、人の敷地に挨拶して散歩に入る。散歩の途中で男性が急に立ち止まり用を足す。今の人口は当初の3.5倍だそうだ。東京都心だと、散歩になりえる体外の場所は、散歩の途中なんかで用を足す人がいると人の目につくし、人が多いからそんなことをしていると衛生上環境に良くない。(犬のペットで同じ問題が起こりつつあると思うけれど。)人は更に増える。私のように人気の無い自然を好む人間には辛い・・・。
先日読み返した白洲正子氏の『名人は危うきに遊ぶ』の一章が頭から離れない。深層心理学で有名な河合先生との会話を基に書かれたものだ。
・・・で、患者さんとはどんな話をなさるんでしょうか?
「若い頃は一生懸命自分の力で治そうとしました。でも、この頃になって気がついたんです。放っておいた方がいいことがね。放っておけば、風とか空気とか太陽などが自然に治してくれる。ただし、わたしがそこにいなくてはダメなんです。そこにいて、何もせずに待っているだけです」
だが、待つとは大変なことである。ずいぶん我慢なさるに違いない。辛いことですね、そう私がいうと、
「いやいや、ちっとも辛いことはありません。患者さんが治るというたのしみがありますから・・・ただし、これは自分だけのやり方で、人に強いることはできません。人はそれぞれ違うやり方でやればいいのです」
ということは、究極のところ自分自身を発見することが大事なので、それがおのずから患者の治癒につながって行く。「情けは人の為ならず」で、広くいえば輪廻の思想とも相通ずるものがある。
待つ。私には、楽しみがあってもとても、とても苦手な事だ。
今朝ベランダの窓を拭きながら、姑の趣味の植木蜂の植物でいっぱいになっている所を見て姑に言った。ジャングルみたいになっちゃったね!よく育ってるなぁ。それに対して姑は、そうなのよ。枯れてきたり、元気がなくなったりしたのをそこに置いて、枯れたら捨てようと思っているんだけど、ただ水をやっているだけでどんどん大きくなって、つぼみを持ったりするのよね、と答えた。
これが河合先生の言っていたことなんだろうか。生き物は、弱ってきた時には刺激の無い、影に置いてあげて、それでも普通に接していれば元気になるということなのだろうか?植物たちは、元気になったらまた日がたっぷり当たるオープンな場所に戻しても元気に育ち続けるのだろうか?それとも日陰の環境に適用化して、そこだけでしか生きていけなくなるのだろうか?
5年ぐらい前に白洲正子氏の文章と出会って依頼、時々彼女の本を読み返している。今夜は何となく『名人は危うきに遊ぶ』をぱらぱらっと開いて読んだ文章がとても新鮮だった。
しかるに日本の焼きものは(この中には朝鮮の陶器も入るが)、手にもったときの重さとか、柔らかさとか、唇に当てた時の触感とか・・・・・その他もろもろの肉体的・生理的な条件がからむので、眼で見ただけでは全体の美しさはつかめない。徳利は酒を入れて注いでみないと使い心地がわからないし、盃に至ってはもっと微妙になる。
そこに先ず「見つける」ことのむつかしさがあるが、次に「育てる」ことの愉しみは、新旧に関わらず使っている間によくなることだろう。もっとも新しい陶器や発掘品は、必ずしもよくなるとは限らない。中には使っているうちに汚い土が釉薬の下からにじみ出て来たり、いつまで経っても味がつかなかったりして、がっかりさせるところも人間に似ている。
日本の焼きもののように美しく育ちたい。
もう1ヶ月以上メールされてくるビジネス・メルマガは削除するだけだった。今朝は久しぶりに読んでみようという気持ちになって、[BizTech Mail 朝刊:2003/12/22]を読んでみた。するとそこには素晴らしい出会いがあった。スーザン・ストレンジとの出会いだ。「円・元・ドル・ユーロの同時代史 第7回〜スーザン・ストレンジの新しさ」という見出しを見て、「円・元・ドル・ユーロの同時代史」とは何を意味しているのだろう?という疑問と、それとスーザン・ストレンジの新しさとどういう関係があるのだろう?という疑問を持ち、記事を読んだ。
私は政治学も経済学も強くない。スーザン・ストレンジという名前もどこかで聞いたことがあるとおぼろげに記憶があるだけだ。でも、この記事で彼女のイメージがしっかりと私の中に焼きついた。独自の経験を基に、世間の権威者に何と言われようと学者としての道を信念を持ち進み、2度の結婚と6人の子をもうけることにより女としての生き方も追求したように思える。そうしながらも、48歳で1作目の単著を出版した。スーザン・ストレンジは、Edward Wilsonや、Santa Fe Instituteの開拓者達と同じく、従来の学問の2次元的な分類での思考を多次元的な分類における思考に導いている。
そして何よりも、彼女の生き様に感銘した。癌でありながら、最後まで自宅で自分の仕事を続けながら、接する人たちにきちんと応対していた。Biztech記事のためのインタビューは、彼女が亡くなる1ヶ月前に行われた。自分でも病気は深刻だとわかっていて、記者がそれを知らぬまま、別れ際に「くれぐれもお大事に」と言うと、「どうかしら、もう癌が肝臓に回っているから」と答えたと言う。
生き方と死に方。少しでもスーザン・ストレンジに近づきたい。きっと多くの人たちがこの記事に刺激されたに違いない。この記事を書いてくださった谷口智彦氏に心より感謝している。
昨日のエントリーの続きになりますが、気づき、学びは菅生さんの質問から始まった。主に代表者の方とああだ、こうだと色々とお話していて、「どうですか、この時点でご質問、コメント等ありますか?」とお一人づつに声をかけた所、菅生さんからバババッと出た。
そこで、「ワークプレイスをこの形にするまでどの位かかりましたか?」という質問が出た。本物の場創りをするにおいてとても大切な事だ。それは、グループの代表者ではなくて、現在末端で働いていらっしゃる方からの質問からの学びだった。
現場の観察が大切だとわかっている。ユーザーの思いを形にすることによって新しいものが創りあげられるという。かっこよくイノベーションだ、アフォーダンスだと言っている社員が、その言葉の本当の意味が解っていないとグループの代表者は言っていた。『五輪書』の解説にあった。経験に基づいた自分の言葉で話さなければ迫力に欠ける、と。
かっこよくなくても、質問も、答えも、自分の経験からの、自分の言葉で話そうと思う。経験がなければ、単に流行の言葉や、偉い人の言った言葉を真似るのではなく、素直な気持ちから話せば、相手にも学びがあるのだと思う。
友人から中村天風氏の事を聞いて、早速真理のひびきと運命を拓くを購入した。稲盛和夫氏、松下幸之助氏、東郷元帥に多大な影響を与えた人物ということだったので、読むのが凄く楽しみだった。
会社からの帰りの電車でまず『真理のひびき』の「はじめに」を読んで、引いてしまった。旧聖書みたいに読めたから。上から下に向かってお説教をしているような感じがした。本文も少し読んでみたけれど、難しい漢字が沢山あって、私には辛いというのと、威厳に満ちたその文章に私は慣れていない。『運命を拓く』をちょっと読んでみた。「天風小伝ーーまえがきに代えて」は大変興味深かった。でも、本文に入るとやはりすぐに辛くなった。
ちょっと読んだだけでも、そうだ、と思うことが沢山あったけれど、笑いの無い大真面目な本は本当に辛い。
数日間一緒に仕事をしているベサニーは、私と同じ位の年齢だと思う。一緒にいて、よく似ているなぁと思う。物事に対する姿勢と反応が良く似ている人。何でも面白くて興味を持つ。でも彼女は私なんかよりはるかに頭が良いし、気配りが上手い。そういえばリモートで一緒に仕事をしているリンゼーも私と似ていると思う。彼女も私よりもはるかに仕事ができる。
ベサニーと一緒にグループでブレストをしていると、彼女と私が一番喋る。少なくとも全く異なる観点からのコメントをしてグループを刺激したりする頻度は私の方が多いかもしれない。アメリカ人6人フィンランド人1人日本人1人(私)のブレストは、一般の日本人から見ると凄まじいと思う。一応お互いに順番に話すけれど、一人が喋り終わるか終わらないかのタイミングで誰かがすかさず話し出す。その微妙なタイミングの時、大体2,3人がほんのちょっとの差で話し出すけれど、そうとう言わなくては!と思っている話ではない限り、最初に喋りだしたメンバーに場が与えられる。ベサニーがあんまり喋るから、私は言いたい事が言えないで順番待ちで痺れをきらす。日本では佐藤さんとでも話している時で無い限り、まずありえない状況だ。他の人達は、私の勢いに負けて場を譲ってくれるから。
ベサニーと一緒にすることは刺激を受けるだけではなく、私にとっては良い薬となっている。あぁ、日本では私は皆にこんな思いをさせているんだろうな、と思った。ブレストやディスカッションでの喋る回数は減らさないとしても、もっと人に話す場を譲るために、一度の話をうんと短くしよう。ベサニーとリンゼーと自分を比べてみると、劣れているところばかりに気が行くけれど、劣れているからこそ一生懸命やるしかないという気になれる。ネガティブな気持ちを補おうとした時に、大切な気づきがあり、学び、育つんだなあ、とまた感じた。
今日の階級組織・ネットワーク組織についてのセミナーでは、ネットワーク関係が進化していくと、同質的になってしまい、イノベーションが起きなくなってしまうと言っていた。階級組織では、一緒にいて気持ちの良い人達以外とも仕事をしなくてはならないから、多様性のあるチームで仕事を行うとイノベーションが起きやすいとも。この頃私はネットワーク関係に偏っているような気がする。
今日も嬉しい気づきが沢山あった一日だった。
本田宗一郎『俺の考え』より
・・・しかし考えてみると、こんな便利な言葉でありながら、同じ言葉を聞いて、一人一人同じようにうけとることは絶対ないと思う。個性も違うし、思想も違うし、商売も違うし、みんなばらばらだと思う。
・・・たとえていうなら、りんごの味はどんなぶうな味だといってみんなに聞いたところで、おそらくりんごの味はこれこれだという適切な言葉はない。こんな簡単な質問だって、世界中の人が納得できるりんごの味の表現はできっこない。子簿田というものは便利だと思っても、思うことの十分の一もいえない。
われわれは言葉というものはそういう不便なものであるということをまず認識した上でやらないとえらいことになる。
・・・そのようにわれわれは言葉以上の何ものかで支配されているのだ。それは何か。一番大事なのは信頼だ。信頼の上に立っていない言葉は百万べんしゃべってもむだになるのではないか。信頼とは、一日一日のその人の履歴、人となりだと思う。
人間って皆ある程度不安定なんだと思う。だから、本田宗一郎氏のいう「信頼」を得ることって本当に難しい。でも私を含む多くの人達はこれなしでは、満足できる生き方はできないと思う。
今年2月にこのBlogを書き始めた。wyukiさんが紹介してくれたおかげ。Nobさんが場を提供してくれたおかげ。本当に有難う。心より感謝しています。
少なくても今のところ今年は私にとって、考えながら、いつもより多く転びながら進む年だったように思えます。体が思うように動かない。思考のスピードが遅い。それは、ひとつ、ひとつもっとじっくり経験してみたかったからかもしれません。
やりがいのある、楽しい仕事を持っていて、ずんずん進んできました。でも、ここの所自分のエントリーのタイトルでも気がつきましたが、「本質」を知りたいという気持ちがとても強いのです。そんなもの、観点や、立場によって形は違うものだということは分かるのですが、それでも少なくとも私の経験地から見たものごとの「本質」とは何か、ということを知りたい。
自分の触れる一つ一つのものに、もっと時間をかけて触れていたい。うちの外のコンクリートの階段でたたずんでいたい。川が反射するきらきらする太陽の光をもっと見ていたい。子供と手をつないで友達の家に送っていく道に落ちている茶色い模様美しい赤や黄色の落ち葉を気が済むまで拾いたい。すっかり茶色くなってしまったカマキリともうすこしにらめっこしていたい。ロードオブザリングをもう一度最初から最後まで通しで読みたい。ワークプレイスに関するホームページを一週間毎日それだけ調べてみたい。子供達とどこかインターネットもテレビもコンビニもないところに行って、1ヶ月間過ごしてみたい。
結構なスピードで色々なことをやっているわけですが、どうやら心が追いついていないようです。元々プライベートでジャーナルを書いていましたが、人の目に触れるBlogだから、淡々と感情ばかり書くのではなく、少しでも人にわかりやすいように書くことによって、自分の思いももっとはっきりと表現できるように思えます。
多くのビジネスマンが読んでいる、今流行のビジネス書籍には、人が資産、知的資産、信頼などについてかなり分かりやすく書かれていると思う。そして、議論の場では、流暢にこれらのキーワードを使いこなし、誰でもがうなずくように話せる人が沢山いる。(私もその中の一人だと思う。)そして多くのこういった人達は、自分の毎日の仕事の中では、気がついていないと思うけれど、これと正反対のことをしている。(私は部下がいないからあからさまではないかもしれないけれど、実際は同じだと思う。)
人が資産:自分の仕事の後始末を他の人に押し付ける。(受けたプレゼンの内容を人に作らせる)
知的資産:とにかく情報をIT化させる。(営業予算、プロジェクト案件リスト)
信頼:自分の好きな人にだけふんだんに最新情報を与える。(機密を守るためという口実で、情報共用をしない)
これだから、いくら素晴らしい本が出回っていても、成功する企業の比率は変わらないのか・・・。
情報は本当にたやすく入手できるようになった。ネット上で欲しい本はほとんど簡単に購入できる。雑誌で見ることのできる最新情報。ウェブページの細かい情報。これだけ色々な「知識」が湯水のように入手できるようになったから、さぞ世の中良くなるんだろうな・・・。と畏敬していたが、どうやら大間違いのようだ。
ジョーセフ・キャンベルは、世の中の問題を解決することは、問題をどこか他の場所に移すだけだ、と言っていた。情報は沢山あっても、今度はどれが真実でどれが作り話か、読み手に深い知識がなければさっぱり分からない。私の観点が正しいかどうかも疑問だが、この頃本でも誤解しやすい内容の本がずいぶん多いような気がする。雑誌はかっこいいキーワードだけが一人歩きして、真実ではなく、書き手の思い込みがほとんどだと思う。思い込んで書いているから、しかも写真とかで美しく証明しているようでもっともらしく見えてしまうから、大半やっぱり詐欺だよな、なんて思い始めている。そしてウェブ上ではずいぶん沢山の言葉やイメージが飛び交っているが、真実にギューッと絞ると、何億分の一になるのやら。この私のBlogだって、真実なんてどの程度なのか怪しい。書いている私はそれが真実と思い込んで書いているけれど、まだ開眼なんてしていないし。
何度も同じ本を繰り返して読み、何度も違う場所でう〜ん!とうなづく。もしかしたら、本は知識を得るために読むのではなくて、書き手を知るために読むというくらいの位置付けにしておいた方が良いのかもしれない。
夫が珍しく、モノ以外の記事を私に読んでみて、と今週の日経ビジネスを私に渡した。冒険スキーヤーの三浦雄一郎との談話で、「年齢の壁」は幻にすぎない、明るく陽気に己を鍛えよ、とあった。53歳で世界大陸最高峰のスキー滑走の後、このへんでいいかなと普通のおじさんになり体も普通の病んだおじさんたちと変わらなくなったが、そのあと本気でエベレストを目指し、今年70歳にてエベレスト登頂に成功した。
大きな目標を掲げながら、小さな挫折や失敗を気にせず、「今日はこれだけやれた」という達成感を積み上げていく。誰でも分かっていながら、誰にでもできそうで、心の持ち方に無理があると、難しい事だと思う。
今、企業で働く中高年には、夢をなくしていた頃の私とだぶる人が多いようなきがする、会社の業績もいまいちで、なんとなくしょぼくれている。年齢的にも「もう限界かなあ」と挑戦をあきらめているのではないでしょうか、とあった。50歳、60歳からでも相当のことだできる、と。
現在日本ではコーチング、メンタリングが注目され始めているが、個々が過去の負いの生き方から新しい可能性に気がつき変わり、成長していくためには、特にメンタリングがもっと必要なんだな、と三浦氏の話を読んで思った。三浦氏は、自分より体力のある70歳、80歳の人たちを目の当たりにしたことが、エベレストも目指すきっかけになったという。また、お父様はあと数ヶ月で100歳になるけれど、今年白寿でモンブランでのスキー滑降をやってのけ、98歳から99歳の2年間で本を3冊書いているという。三浦氏には、身近にメンターがいるわけだ。
今までの日本におけるマスコミが創ってきた高齢者のイメージは、使い物にならないけれど、たまに良いこといったり、笑わせてくれたりする、というものだったと思う。例えばちびまるこちゃんのともぞうさん、さんまの長寿番付。消費者としての可能性で利益を上げようと試みる企業の戦略が大きいかもしれないが、(Tom Peters, Circle of Innovation参照)女性のイメージもやっと変わってきた。2,3ヶ月前に、どれかの雑誌で40代、50代で自分の本とうにやりたかった事に方向転換した女性たちの記事を読んだ。一人は40代から医学を学び、60歳を超えて医者になった。もう一人は30代で弁護士になることを決心し、40代で弁護士となった。もう一人、50代でずっとあきらめていたダンスに戻り、現在70代でダンス教室で自分も踊りながら教えている。三浦氏のいう、大きな目標を掲げながら、無理をしない範囲でできることを積み重ねていった人達。そろそろ企業がマーケット戦略として、かっこいい高齢者のイメージを創っていけば、逆にマスコミがそれについていくのだと思う。結局は広告代で稼がないとやっていけないわけだから。そして三浦氏のような人達がもっと沢山表に出てくれば、身近にいなくても、良いメンターになってもらえる。そうすれば、もっと多くの人達が「年齢の壁」が幻と気がついて、本当に生き始める。