March 20, 2004

コテコテ大阪弁訳「聖書」

夕べ久しぶりに本屋をぶらぶら歩き回ってみたら、『コテコテ大阪弁訳「聖書」』というタイトルが目にとまった。思わず手にとって読んでみたら、れっきとした聖書のマタイの福音書が大阪弁に訳されていたものだった。最高!今まで英文と日本語で聖書を読んでいたが、難しいからたいがい一回に長くて10ページぐらいしか読めなかった。それが、コテコテ・・・だと、スラスラ読めて、しかも内容も頭の中に残る。素晴らしい!

こういった宗教の本は、オリジナルに極力近いように訳す努力をすることは分かる。でも仏教の教えの本は、まだ読みやすいが、キリスト教の聖書はとにかく読みづらい。宗教は人の生きる道のガイドラインなのであれば、その教えは大阪弁でも、漫画でも、映画でも良いのだと思う。コーランやトーラーも、大阪弁で訳してあったらなぁ。大川隆法の幸福の科学や、浅原彰光のオウム真理教が広まりやすかったのは、漫画で教えを説いたからだろうか?

何千年も信者達の生きる道として導いてきた宗教と、カルト的な宗教と一緒に語る事に違和感を感じるけれど、何千年とあっても、結局宗教の説き方は、グーテンブルグ以降数百年の間で目覚しい変化があったわけだ(この部分は今日友人に教えて頂いた)。そして、ITの普及でまた大きな変化が起こっている。ここでまた宗教の宣教の方法に大きな変化があるのではないだろうか?

大阪弁といえば、映画シュレックの日本語バージョンは最高だ。主人公を大阪弁で喋らすという発想をした方を褒め称えたい。宗教も、どの時代で、どの地域でというピーター・ドラッカー的な発想をしないと、本末転倒で、インテリだけのものになってしまいがちなのかもしれない。


March 18, 2004

Web Social Networking Business Potential

KNN Web Social Networking Business Potential Seminar was held at Steelcase Tokyo Worklife Showroom on March 17th.

Since I was a staff helping to run the seminar, I did a lot of running around and did not focus my attention on the seminar. But parts of it I watched I enjoyed.

Frankly, I am finding that I am focused more and more on serendepitous meeting with people. Although I am a member of Orkut, LinkdIn and gree, I don't expect to develop any meaningful relationship with people I meet solely on the web.

I've had good number of very satisfying, very stimulating meetings on long airplane flights. I may not have developed long term relationship with these people, but they are truly memorable encounters in my life.

Of course this means I am getting old. I am at a point that I can no longer change the way I process my thoughts. It is no longer fun. So I decided to try out living in the old way as much as I could. It feels liberating, just to live in the way that feels good to me, right to me. I respect men and women of younger generation and have high hope for them. They do crazy things, but no crazier than things I did in teenage years or twenties.

This has been a round about way of saying that yes, I do think web social networking has good business potential in Japan.

SANY0034.jpg SANY0054.jpg

February 19, 2004

旅 追加その1

結局こういったおちゃらけストーリーを何回もネタで使ってしまう。

雲仙の温泉は一人じめで嬉しかった。夜は寒く、おまけにお湯がちょっと温め。うー、どうしよう、露天風呂に出て行くには勇気がいる。でもええいっと外に出た。湯船がぼんやり見えるぐらいの暗い外。もちろん外は寒く、これまたお湯がちょっと温め。暖まるまで出ないぞ!と決め手、あごまでお湯につかり、ずーっと星空に見とれていた。ここからのオリオン座もきれいだなぁ。ずいぶん入っていたけれど、温まってお風呂から上がった。夫から、絶対俺の方が遅いと思ってたのに、と呆れられた。1時間露天風呂につかっていたらしい。やー、温泉最高!

次の朝も貸切状態の温泉に入った。もちろんすぐに露天風呂に入る。あぁ、青空の下の朝風呂って気持ちいいんだなぁ、と思い、ふと湯船に眼をやると、目の前のお湯の中で小さな、小さなミミズみたいな虫がくねくねしている。かわいそうに、落ちちゃったんだ、と思いすくって外に出してやった。自分の優しさに満足してまた深くお湯につかると、もう一匹同じ虫が眼にとまった。あら、この子も出してやらないと、と思いながら周りを良く見ると、なんと何匹も虫がくねくね泳いでいた!!

・・・私はこの虫君たちと一緒に、夕べ一時間一緒にこのお風呂に入っていたんだ・・・。知らぬが仏って諺があったよな・・・。

すぐに露天風呂から出て、屋内のお風呂に入った。恐る恐る周りを見回してみたが、さすがに中のお風呂には虫君は見当たらなかった。お風呂から出て夫にそのことを話すと、俺もだよ!俺も最初の一匹は外に出してやったけど、他のやつらを発見してホントびっくりしたー!温泉って虫は生きていけないって思ったけど、そうじゃないんだなぁ。あいつら一種のボーフラだと思うよ、だって。

これも一種のアドベンチャー。少なくとも一生の思い出になるかも。冨士子ボーフラ温泉に一時間つかるの巻き。

February 15, 2004

夫と二人で長崎の雲仙と、福岡に旅行に行ってきた。私は旅に出るときは、仕事でない限り出発前にあまり細かい部分まで決めは行かない。この旅では、そんな旅のしかたと、人生の旅のしかたのセレンディピティーについて思った。なりゆきに身をまかせて進むことは、大人としては難しい。

今回の旅も、3日間で色々な所へ行き、色々な体験をした。どこに行くにも、もちろん大体の方向を確認するために地図は使ったけれど、その時の気分で次に行く場所を決めた。たとえば、初日は雲仙まで行って温泉ホテルに泊まるということだけが決まっていた。季節的な要素もあり、そこにはほとんど人がいなかった。だから、流れで静けさを追求した旅になっていった。散歩をしている内にその散歩道がどんな所に通じているのか知りたくなって、散歩が山登りに変わり、山から見えた美い湖を近くで見たくなったので、山を降りて湖に行った。温泉だったから、散歩道で売っていた温泉卵を買って食べた。長崎だったから、今まで聞いた事の無かったメーカーの販売店で、焼きたてのカステラを食べた。福岡市内で泊まったホテルの目の前が大濠公園で、そこを散歩していて、3年前に行った日本庭園に行きたくなったので、行ってみたら、3年前の感動以上に、穏やかさと、水の音と、どこにたたずんでも庭の美しさが味わえるつくりで、心が揺さぶられた。そこを見て、大宰府の明光善寺の静けさを味わいたくなり、大宰府に行った。苔寺の緑と灰色と薄い茶色の世界。そこですごした30分ほどの一人での陽だまりの縁側の時間。梅ヶ枝もちと抹茶。そこにいる間、誰もいないような、静かな海が見たくなった。前日地図で見た糸島半島は、資料も見たこともなかったし、聞いたこともなかった。でも、きっとここでは人気のない海を見ることができると思い、そこへ行ってみた。防風林を歩いてたどり着いた海は、期待以上に美しく、はるか遠くに人を2度見た以外は、誰とも会わなかった。できればまだまだそこにいたかったけれど、夫が長浜ラーメンを食べたかったので、一緒に市内長浜まで行って、以前タクシーの運転手さんから教えて頂いたローカルの方たちに大人気のラーメン屋を探し出し、最高のラーメンを食べた。

私の人生も結局こんな感じだなぁ、と思った。自分のそばにいる人や、環境が全く影響が無い訳ではないけれど、その時大切なものを大事にして、強く感じる方向に進んでいれば、道は自然と開け、その時々に自分に一番必要なものが与えられる。よく成功した人のお話を聞き、本を読むと、長期的な計画が大切だという。でも、それは何か絶対やりたいことがあって、それに進んでいく人たちに合ったことなんじゃないかな、と思うようになってきた。ファイマン教授は最後まで科学の世界で生きた。でも、たとえば長島茂雄だって、野球をやっている最中は野球が目標だったかもしれないけれど、その世界から離れた今はどうやって生きているか。何を追及しているのか。強く惹かれないものについて長期的に計画しても、生きている間色々あるから、長期的な計画が生きる道の妨げになることも多いのだと思う。恋愛や、仕事で、キャリアを優先したかったからとか、家族の問題があるからとかいう話を耳にすることがある。まあ、それは大した想いではなかったからそれですんだかもしれないけれど、本当に誰かを、何かを愛していたのに、他の理由を優先させるというのも、自分に与えられたユニークな人生の道を自分で避けて通っているのではないだろうか。

特に年を重ねていくにつれて、仕事や人間関係で長い間大切にしてきたものに魅力を感じなくなると不安になる。でも、いくつになってもその時の状況でものごとは変わる。その時自分を信じて道を変えて進んでいく勇気が大人には難しいけれど必要なのかな。

January 26, 2004

冬の裸の木と、コンクリートの電信柱の似ている所、違うところ

January 18, 2004

欧米人向けのおみやげ

フランスから知り合いが来ていて、その方たちの家族のためのお土産の買い物にお供した。古着の着物が欲しいというので、家族に相談してみたら、家のそばの質屋に沢山あったとの事。(何でそんな事をしっているの?と聞いたら、スーパーの隣にあって、ある日欲しかったものが質屋の外に陳列されていて、その時中に入ってみたら古着の着物が沢山あって関心したから、との返事。アー良かった。どこかで借金をして、現金欲しさに何か質に入れたのかと思ってしまった。)都心の外人が行くような古着の着物が売っているようなところは高いから、その質屋に連れて行った。話好きのオーナーが、陳列されている商品について色々と説明してくれた。説明は無くても、欧米人が喜びそうな日本的なお土産になるちょっとしたものが沢山売っていた。

知り合いのおかげで、これから欧米に出張に行く時のお土産に悩まなくても良くなった。嬉しい!

January 09, 2004

楽しい新年会

いつもの3人でLa Cascataで新年会を開催した。ほとんど貸切状態。最初は厳かに始まったものの、いつもの熱い議論とお笑いのミックスで、時間があっという間に過ぎていった。私達は3人とも周りからかなり個性が強いと言われている。よくもこんなに年齢もバックグラウンドも性格も全然違った3人で会話が成り立つものだ。Mr.きちんとかっこよく決めるさん、Mr.若手ホープとMs.元気でおっちょこちょい。3人とも真剣でありながらも自分の事をあまり真に受けないようにしているから一緒にいて楽しいのかな。

NY帰りのMr.きちんとかっこよく決めるさんからお土産を頂いた。有難う!別れた後帰りの電車の中で、今夜家についたら頂いたTシャツを着て、頂いたM&Mを手に持ち写真を撮ってBlogにアップしようと思い、あれこれポーズを考えていたら、お土産が入っていた袋が無いことに気がついた。まずい!やばい!どうしよう!どうやら中目で日比谷線から東横線に乗り換えた時、電車の中に置き忘れたようだ。日吉駅で降り次第すぐ電話をかけてみたら、ちゃんとあった。良かった-!

ラップトップを2回も置き忘れて盗まれた私。それ以来、荷物は極力一つのバッグにまとめていた。今夜は2つ持っていて、やはり一つ置き忘れた。今からこうだなんて、あと10年後には、私の注意力はどうなっているんだろう。怖い・・・。

January 05, 2004

仕事初め

お正月のお休み中、仕事をするのがイヤでしょうがなかった。こんなに仕事をしなかったお正月休みなんて、4,5年ぶりかもしれない。

不思議な事に、昨日気持ちがくるりと変わった。あんなに見るのがイヤだった書類も、楽しんで目を通せた。るんるん気分で仕事が進む。会社の仕事初めの今日も良いペースで仕事が進んでいる。

ちょっとブレークしてメルマガのBiz Techを見てみたら、「シェル、ロンドン沖に大規模な風力発電施設を建設へ」という記事が目に付いた。記事を読んで、小躍りするくらい嬉しくなった。これぞイノベーション!石油会社が風を使ってエネルギーを作る。その地域では過去に石油タンカー事故を引き起こす最大の理由だった風を使って。シェルのホームページで、企業ビジョンを見てみたら、やはりエネルギーと石油会社、と認識されていた。

先進国では、このような企業無しでは生活水準が保てない。今ここで電気が全部消えてしまったら?実際去年ニューヨークではそんな体験をした人達がいた。

今回シェルが達成しつつあるプロジェクトのように、オリジナルの発想はシンプルで(風を使う)根本的に環境に影響を与えるようなイノベーションはごくまれかもしれないけれど、今年は更に基本を見極めて仕事をしていきたい。

December 28, 2003

治されている

金曜日は名古屋に出張した。お昼に私のSenseiと、Cool Coachと豪勢な中華料理を頂き、たっぷりお話をし、最新型の音響システムでジャズを聞かせて頂いた。その時メモを取らなかったので、残念ながら名前を憶えていないが、新しい更に良い音響を楽しめるCDのことを教えて頂いた。そのCDは、現在日本では中々入手できないそうだ。私はその時音楽を聴きながら、思ったのは、ここまで音が良いと何だかスタジオで録音された音楽では物足りないように感じた。

今夜スタバで夫とお茶していたら、大好きなバッハのコンチェルトをがかかっていて、その事を思い出した。いつも通り、カプチーノでハイになってしゃべるペースがアップした所で、夫とそれについて話した。私は音楽には大変な好き嫌いがあるけれど、音楽はとても特別なものだ。好きな曲は、初めて聞いた瞬間に体中にショックが走り、熱烈な恋愛の真っ最中に感じる感覚と全く同じ状態になる。どきどきして、胸がちょっと苦しくて、鳥肌が立って、それでいて首の辺りが熱い。それは、クラシックでも、ロックでも、ジャズでも、ポップでも同じ。でも、もしも更に高音質の音楽が楽しめるようになるのであれば、音楽の録音業界に大きな変化が起こるのではないだろうか?と思った。今まではスタジオ録音で、完璧なMusic synthesizeを目指していたかもしれない。でも、体感できるほどのライブ感を演出できる音楽が再生可能であれば、ライブ録音された音楽しかほしくなくなるのでは?私は先日の音響システムで聞いた音楽には、熱い魅力を感じなかった。聞いた瞬間に、ライブが聞きたい!と思った。もしかしたら、将来はスタジオ・ミュージシャンたちよりも、ある程度のサイズの音響の良いライブハウスで録音された高音質CDが売れるようになるかもしれない。そして、同じ曲でも、違った観客と、違った音のライブというのが出てきて、同じ曲でも、ライブ・コンサート別で買う人達も出てくるかもしれない。私だったらそうすると思う。その日が早く着て欲しい。

この話をしている時に、スタバ店内でかかっていたBach Concerto in B minorは私が高校2年の時に惚れて、散々聞いていた。ただ、今日聞いた曲はString Concertoになっていて、私が擦り切れるくらい聞いたHarpsichord Concertoではなかった。それについての文句を夫は聞いてくれた。名古屋出張の話も、CDの話も。今日のお昼に書いた河合先生の患者を治す話を思い出した。私はわがままで、感情的に不安定な人間だ。ここ13年間、夫はそんな私にほとんど振り回されることなく、ずっと付き合ってきてくれた。その間、私は以前に比べてずいぶん安定してきたと思う。治されているんだ。

December 13, 2003

悲しみの原動力

「飲酒運転罰金50万円!すごいな!」といきなり夫が言った。何の話かと思ったら、次から次へと目の前を通るタクシーのドアに「飲酒運転罰金50万円」と大きくあった。「年末って飲む機会が特に多いからな。」と夫。

飲酒運転に対してこれまで厳しくなったのは、私の知人の努力だと思った。その努力を尊敬すると同時に、悲しみのが生む原動力や幸せを考えると、大きな悲しみのある人生を生きる人達の運の良さを思った。

数年前、知人が交通事故でニュースに出た。たまたま渋滞の様子をニュースのために撮影している場で事故が起こり、全てが撮影されていた。高速の料金支払いエリアで並んでいた時、後ろからトラックに突っ込まれ、乗用車の後ろからあっというまに火が出た。前の座席に座っていた知人夫婦が辛うじて車から出て、後ろに座っている幼い娘達2人を助けようとドアを開けようとした時には、もう車全体が燃え上がっていて、ドアを空ける事もできなかった。トラックの運転手は飲酒運転の常習犯だった。以前も飲酒運転で捕まったことがあったようだが、刑罰が軽かったせいもあるのか、飲酒運転は改めず、子供2人の命を奪う悲惨な事故をおこしてしまった。

知人は事故の後、飲酒運転犯罪に対する猛烈な反対運動と、法律改正の活動を起こした。政府は簡単には動かせない、と言われ、色々な壁にぶち当たりながらも、2年程で活動の成果が上がり始まり、飲酒運転に対する法律が改正されたような記憶がある。

先日私と友人で話していた時、この頃一番幸せだった事って何だった?という質問を受けた。私はあまり考える事も無く、すぐに「子供がぎゅってしながら「母さん大好き!」って言ってくれた時!」と答えた。この頃だけではない。今までの私の人生の中で一番幸せな時は、どんな仕事での成果でも、素晴らしい人との出会いでもなく、間違いなく子供と一緒に過ごす時間だ。私の知人は、そのまだまだ何十年も続くはずだった幸せを一瞬にして目の前で亡くした。

人は、どうしようもない不幸に面することによって、もの凄いエネルギーが沸いてくることがある。自分と同じような思いを他の人に味合わせたくない!という強い思いで、普通の人ができないようなことをやってのける。私の知人もそのような人だ。戦争反対運動をする人達、人種差別反対運動をする人達、AIDSの治療法を探す人達の中にもそういう信念を持っている人達がいる。もちろん人によってそのエネルギーが沸くまで時間がかかる人もいる。大切な人を亡くした時、その悲しみと痛みには時期があって、時には悲しみで枯れてしまいそうになることもある。

そのエネルギーを使って、何か大きな事をする人達は偉大だと思う。エネルギーだけでは何もできない。何か大きな事をする場合、集中力、効率の良さ、人を集める力など、ビジネスの経営と同じような能力が必要となる。時にはそのようなエネルギーと能力が、戦争のようなマイナスな結果を出す事もある。悲しみのエネルギーの力は、人の一番大きな原動力なのではないだろうか。

私の知人は、事故の際、3人目の子供でおなかが大きかった。ショックにも負けず、元気な女の子が生まれた。知人はその子がどんなに愛しいだろうと思う。子供に対する母親の思いについて、多くの人達よりも深い思いを持っていると思う。

沢山の人達があのタクシーのドアの広告を見て、飲酒運転をする前に考えてくれると思う。いくみさん、有難う。

December 09, 2003

今日の子供たちからのレッスン

土曜日にかんたを連れて会社に書類を取りに行った。かんたを以前会社に連れて行ったのは、1歳半の頃。今6歳。本人の記憶では今回が初めて。かんたはホントに子供らしい子供。期待通りに反応してくれるから大人は嬉しい。

会社でも、いちいち驚き、楽しんでくれた。まず到着して、ソファに座った。「わーっ!我が家みたいだね!」???どっから来たんだ、そのセリフ?会社と家じゃ雰囲気なんか全然にていない。第一家にはソファなんてない。不思議なやつだ。でも可愛い!

飾ってあるトラックで遊んで、カギがついているのを発見して大喜び。以前かんたが書いてくれたヘビの絵をデスクに飾っていたのを発見して大喜び。ホワイトボードにバイオニカルの絵を書いて大喜び。トイレを流すときの機械の音が変わっていて大喜び。

なるほど、喜んじゃっていいんだよね、どんな発見でも。

この頃けんぞうは読み書きや音楽に大変興味がある。作文を書くのはお手の物。面白いことを書いてくれる。本はのめり込んで読んでいる。あ、この子私の小学生の頃に似ている、とよく思う。夜悪夢を見ることまでも。長男と三男も私に似ているところは多々あるんだろうけれど、次男のけんぞうの場合、似ている所に私がよく気がつく。気が短いところ、ネガティブなところ、いらないところで我慢してしまうところ。

似ているところは沢山あるけれど、けんぞうはけんぞう。育っている環境も、性格の多くの部分も、私とは全然ちがう。

なるほど、どんなに似ているところがあっても、違いも尊重しなくてはいけなんだな。

December 05, 2003

効率・効果

仕事で効率と効果の話をする機会が多い。働くに辺り、両方とも大切だが効果が無ければ効率なんて何の意味もない。

心を静めて。心を静めて。
じっとあるがままに周りを見ると何が見えてくるのか。
お恥ずかしい話だが、意識的に心を静めて、何が見えてくるのかじっと待つなんて、もう何年もやっていないかもしれない。

思い出のように遠い記憶の中で、確かに以前はそんな事を当たり前にやっていたような気がする。何故変わってしまったのだろう?

仕事の内容が深く理解できてくることによって、いらない知識や関係もとっておいたら、心の中の場所もそれにとられていた。3人の子供、夫、姑との喜怒哀楽の悲劇・喜劇の日々で、じっとする時間が子供がいない頃に比べて圧倒的に少なくなった。ネットでいくらでも大好きな本も音楽も購入できる素晴らしい時代になったからといって、子供がゲーム中毒になるように、本中毒になっていた。素敵な人達に出会い刺激を受けて、もっと出会いを求めるようになってしまった。

面白いことに、その中毒になっている本と、出会った人達から、自分も、周りも全て心を静めて見なくては、と教えてもらった。同時に、どんなに素晴らしい本も、どんなに素晴らしい人も、自分の器が小さければ、そのサイズでしか理解できない。

ちょっとだけ見る、聞く、感じることだけに集中しただけで、ずいぶん自分のことが分かったような気がする。すいぶん身の回りにことが分かったような気がする。どうやらしばらくの間、効果なしの効率の路線で来たような気がする。

参考まで:wyukiさんのBlog、Joseph Campbell, 五輪書、友人、同僚達

November 23, 2003

逃げてはいけない

トム・ピーターズ、 『セクシープロジェクトで差をつけろ!』をパラパラ読み返した。最初に開いたページが、プロジェクトと政治についてだった。すごいことをすると、怒るやつが出てくる。大きなことをする際には政治は付き物。政治なしではできない、とあるところだった。

私は政治の部分は一番目か二番目に苦手。この頃政治的な要素が多くなってきていて、また逃げ腰になっていた。

そうか。逃げてはいけない!政治的な要素をマスターできなければ、思っているようなことはできないんだ。場創りも。人を育てることも。今までこんな内容のことを何度も読んだり聞いたりしているはず。それでもまだ自分のものにできていない。

でも逃げてはいけない!今のプロジェクトで政治の理解と使い方を一歩前進させよう。

November 19, 2003

人の思考

「スピンオフ起業の勧め、大企業には人財がいる」とBizTech Mailの朝刊にあった。これを見て、一瞬思った。

人財がいる・・・でも結局この大企業の中の人財は、枠から外れることを自分からできない人達なんだ。組織に俗している人間(私を含めて)は、社会学観点からいうと、組織のメンタリティーになっているから、いくら優秀な人でも、思いっきり枠から外れる勇気のある人で無い限り、スピンオフ企業では成功しないのではないかと思った。

やっぱり数値的観点から考えても、企業家の中でまあまあ成功する率、大成功する率というのは決まっていて、これから多くの企業家が出てくれば、比率として成功例も増えるんだろうな。

優秀な人、人財といっても、IQとEQ両方のバランスと冒険心が企業家には大切なんじゃないだろうか。

October 31, 2003

言葉の障害を認識する

先日、言葉って障害になり得るという事を認識しました。

レストランだったんですが、小さなIntimateな空間の中で素敵な男性お二人を前にしてドキドキしていたせいか、頭の回転が鈍く、いつも当たり前に考えていることが出てこなかったりして、上手く話せないでした。

「須田さんにとっての次のステップって何ですか?」という質問にはちゃんと答えがあったのに答えられなかった。答えは、満たされているから、今度は私の持っているもの(知識、Love、whatever)を欲しいという人に、それを欲しいだけいくらでも分けてあげるという事は、ちゃんと分かっていたはずなのに、あの時は質問されて、「うーん・・・。」とうなってしまった。

もうひとつ思ったのは、新しいメンバーを加えて3人で会話をすることによって、今まで2人で話している時って、私は言葉をストレートな意味だけで飲み込んでいて、相手の言っていることをちゃんと理解していない時って結構あったんだな、ということでした。

本田宗一郎は、言葉なんて思っていることを全ての人にきちんと表現できることなんてできないと言っていた。Joseph Campbellは、大切なことは言葉では表せないと言っていた。もしかしたら私は上手く話せなかったほうが良いのかもしれない・・・。結局わかってもらえているつもりになったり、言葉に言ってもアクションに出ていないことって多いのだと思う。

October 26, 2003

本物の教育

10月24日に、「本を何のために読んでいるのか」のエントリーを書いた。これはその続きかな。

真実を学びたい!

ある名高い教育コースのパンフレットで、プログラムファシリテーターコースという項目が目についた。ここなら!このコース名なら!と大喜びでそのパンフレットを持ち帰ってきて、先ほど目を通してみた。・・・がっかり。結構ディテールをつっついたカリキュラムだが、本質をカバーしていないように思えた。風船がしぼんだような気持ちで、他のコースについても呼んでみたら、更にがっかり。少なくともあるコースでは、私が実際知っている方々が関わっており、講師は実践から遠いところで評論家をやっている人だし、ゲスト講師はほとんどがその業界で恐竜可している方たちだ。

この教育コースでさえこんな状態なのであれば、本物の教育はどこにいけば受けられるのか?問題は、私の体験に基づいたリアリティに対して実践できる方法論を教えてもらいたいと思っている事なのかもしれない。そんなもの、独自に追求するしかない。Holy Grailを求める騎士達が、道の無い所から森に入っていき、自分の道を切り開きながら進んでいったように。

実際自分でやったことのない評論家や、短期的な関わり方しかないようなコンサルタントの話に多くの時間を費やすのはやめよう。もう一度私の尊敬する実践者達の言葉で書かれている本を、一冊ずつ考えながら、丁寧に読み返していこう。(もちろん書かれているものの半分しか真意は反映されていないという事を理解しながら。)そして現場で格闘している人達と話し合おう。自分で現場に飛び込んで泳げるようになるまでそこに居てみよう。

表面だけに関わって結論を出すのであれば、15年前やっていた通訳の仕事を続けていればよかったんだ。どこかの会社の一員として、深い仕事をしたいと思ったから、比較的ステータスのある通訳の仕事を捨てた。(とはいいながら、今だに自分の仕事に関わる通訳は結局やっているけれど。)

本物の教育は自分の体験からしか得る事ができなくて、真実を本の中から見出せるのは、その体験を続けていて初めて真実が本に反映されている事を理解するのかもしれない。

October 25, 2003

人の感情の不思議

次男の憲三と一緒に自転車で買い物に行った。私がほら、そこにかまきりがいる、と言ったら、憲三がぜんぜん違う場所を見た。そうじゃなくって、ほら、そこだってば!とちょっと苛立たしげにもう一度いったら、憲三がそれに反応して、わかってるよ!だから何なんだよ!と怒ったように言った。私はカチンときて、君そんな言い方すると、その内ぶん殴られるよ!と言った。

そもそも私が最初に言葉を荒くしたんだった。それが2回のやりとりでエスカレートして、お互い険悪なムードになって、最終的には比較的口の達者な私がやり込めた。

人の感情ってなんてスピードで変わるんだろう、と思った。ほんのちょっとで暴力的になる。自分の子供以外と接しているときは、その暴力的な思いはほぼ完璧に抑えられている。でも、自分の子供となると表面化するそんな人間の自然な心理状況にびっくりさせられる。

人間の感情には「悪い」、「良い」と一般的に言われているものがあるけれど、全部持っていて本当の人間だと思う。今朝sgwさんの「リアル」についてのエントリーを読んだことが、こういうことを考えるきっかけになったのかな、と思った。

October 24, 2003

育つための次のステップ

私には、自分でコーチと思っている人達が数人います。今日はそのコーチと思っている方の一人であるwyukiさんと話していて、いつもながら大切な気づきがありました。

私が将来凄く期待している人達で、仕事で挫折を味わいそうにない人を数人知っているけれど、その人達は熱烈な恋愛をして振られるか、大病にかかるか、怪我をするかしない限り、本当に持ってているものをフルに生かせないのではないんじゃないかな、という話をしました。帰りに坂道を歩きながらふと気がついたのは、今の私はそんな自分の全くコントロールのできない「災難」があったからここまで来ることができたんだ、ということでした。有名でもないし、大した成果も出していないけれど、自分で満足した生き方をしているのは、病気などの苦しさ、崩壊家庭で育った苦しさを味わって、それを乗り越えざるえなかっただからだと。本当に恵まれていたんだなあ、と思いました。自分の意思無しで、深い幸せを味わえる道を歩ませてもらっていたんです。

ここしばらく、そのような災害を待っていたように思えます。飛躍したいから。今の自分を越えたいから。でも、災害は起こっていない。そして気がつき始めていた事を、今日のwyukiさんとの会話でやっと言葉にできるようになりました。

これからは、飛躍するためには自分の力で飛躍しなくてはならないのです。多くのほかの人達のように。もう運が回ってくることを待っているだけでは、私は育たない。自分で夢に向かって危険を冒し、冒険をしていかなくてはならない。やりたい事をやるには、恐れを乗り越えるしかないんですね。

私の仕事は企業において働く場を創るためのお手伝いですが、結局必要な場創りを実践できることは本当にまれです。それはやはり恐れから来ているんだなぁ、と今日思いました。同僚から言われたくない、部長が許可しない、上が理解しない、下が動かない。人に言っていながら、私自身自分でも沢山の恐れがあって、結局やらなくてはならない事をやっていないケースの方が圧倒的に多い。

今年の2月27日のエントリーにも書いたけれど、人が動くには5%テクノロジーで95%が心理学と物事に対する姿勢なんですね。

October 13, 2003

病の役割

それは病気になったり、怪我をしたりしないほうが良いかもしれません。でも、今日もちょっと会話でコメントしたんですが、若い頃、働き盛りの頃の病気は人の精神を強くします。色々な伝記を読むと、実に多くの方々が若い頃重い病気にかかり、考えたり、空想したりしかできない日々を送っています。(ぱっと思い浮かぶのは:ソニー元会長、大賀氏、松下幸之助、稲盛和夫、Franklin Delano Roosavelt)

私自身、これといった凄い業績はないですが、一般日本人に比べると、思うまま面白く日々を過ごしています。15歳から18歳まで腰が悪く、内1年間ベッドでの生活をした位かな、と思っていましたが、よく考えてみると、4回妊娠して4回とも4,5ヶ月はつわりで苦しかったし、2回帝王切開している。病気ではないけれど20代後半から30代、4回にわたりそのような経験をしたんだった。そして、38歳の時、肺炎で1週間入院し、その後1ヶ月は無理はできなかった。そうだ、それも病気。

もう何年もそのように無理やり安静にしていなくてはならない事が無い。だからかもしれない、少しの間思考を全く変えてみたいという気持ちになるのは。

じっくり考える。どうすれば実行できるのか?

コーチング

Tanakaさん、Yukiさん、ワークショップを開催して頂き、有難うございました。ご一緒にコーチング・ワークショップに参加された皆さん、有難うございました。面白かった!楽しかった!私の今までの「コーチング」という言葉のシンボルに対するイメージとは違うかもしれないけれど、一言で括るコーチングって、人生というゲームをフルに体験するためのツールなのかな、と今日のセッションでは思いました。

そして、日本の社会ってつくづく優しいんだなあ、と今日もう一度思いました。バブル崩壊、大企業の危機等は、この優しすぎる日本で生きている意味を考えさせる大切な展開かもしれない。今日の体験版コーチングではありませんが、人って経験しないと学び、気づきがないですね。いい時代に日本に帰ってきたな、と思いました。

October 12, 2003

地を生かす、スタイルをつくる

マーサー・ヒューマンリソース・コンサルティングのメルマガに、コロンボ刑事のようなコンサルタントになりたい、という文章があって、興味深いでした。

小さい頃から、私は恥ずかしがりやだった。と思っていた。でも、恥ずかしがり屋じゃなくて、単にぶざまな所を人に見せるのがイヤな気もちが人一倍強かっただけかもしれない。ようするに「ええカッコし」なのだ。

だから、バイトでウェイトレスをしている頃から、天然なお間抜けさで笑いがとれるところがイヤだった。でも年をとっていくって素晴らしい。コンサルティングを始めた頃、そのお間抜けさを隠すので必死だったが、この頃その部分が人をリラックスさせることに気がついた。コンサルタントとか、ずけずけと物事をいう(これも慢性的な気使いの足りなささからきているだけなのですが)中年のおばさんとか、一般人には恐れられやすい。でも、ホワイトボードに向かって漢字がほとんど書けなかったり、言葉を混乱して使ったり(工房をボウコウと詠んでみたり、居室をイシツと読んでみたり、節目をセツメと読んでみたり、例はありあまります)すると、たちまち人間味が出てきて、相手がオープンになってくるのです。

天然じゃない人には難しい技だと思います。でも、それができない人たちにも、それぞれの良さがある。

スタイルは、その地に合わせて、自分の良いところを組み合わせ、更になりたい自分のイメージと重ね合わせることによってできるものだと思う。その部分は、これは無理とか、ダメだろうとか言っていないで、憧れ、尊敬する人の真似をすることによってできてくることもある。

地を生かしていさえすれば、価値のあるスタイルがきっとできるのではないでしょうか?

かんたの運動会

もう保育園の運動会は今年で9回目。慣れたものですよ。昔気合の入ったお弁当作りから、保護者競技の参加、写真、ビデオ撮影まで一人でやっていた頃を思うと、今そんな立場にいるお母さんたちに素敵だよ!と声をかけたくなる。

3人兄弟の内、唯一かんただけが一般的な「元気な男の子」イメージに当てはまる。まずは、一等賞になりたがる子は3人の内この子だけ。負けず嫌いというより、勝つことが好き。すばしっこい。食事を出しても、すかさず一番大きなお肉、一番たくさん盛ってあるお皿を自分のとすりかえる。この子が長男だったら、私の人生ずいぶん変わっていただろうな。きっとスポーツママ、教育ママで子供を通して自分の価値を高めようとしたと思う。(ゾーッ!)

そのかんた、今日は運動会の最後で落ち込んだ。リレーの時、練習の時には毎回勝っていたのに、同じチームで早い子達2人が転んでしまい、負けてしまった。勝ちたかったかんたにはショックだったようだ。

人生のミクロサンプルだなあ、会社というチームのミクロサンプルだなあ、と思った。一人じゃ大きな事は何にもできない。いくらかんたが勝ちたくても、いくらかんたが上手く、早く走れても、流れがあって、いくら応援しても、チームは勝ったり負けたりする。転んだ子達は2人ともしばらく泣いていた。もちろん本人達は、二次的に痛い思いをしたチームメートとは、また違った痛さを感じていたのだと思う。転んだ2人はそこで一瞬痛さと転んでしまったショックで立ち止り泣き出した。その内に他のチームはどんどん走り続け、差をつけていく。転んだ2人はきっとそこでリセットしたかったのだと思う。でもできない。泣きながら、がんばれ!走れ!という声援に押されて、また走り出した。

時にはそのままやめちゃう人もいると思う。でも大切なのは、それを乗り越えて次のチャレンジに挑み、勝つことだと思う。そこまでいって負けた人は、更に乗り越え、いつしかは勝つことによって素晴らしい体験ができるのでしょうね。

落ち込んでいる人に「頑張れ!」というのは効果がないと言われるけれど、やはりそれは時と場合によると分かった。暖かい「頑張れ!」という声援は、人を後押しする効果がある時もあるんだね。あそこで可愛そうに、という声の方が大きければ、きっとあの子達は途中で走るのをやめていたと思う。そして後でもっと惨めな思いをしたのでは。

かんたの保育園最後の運動会。私にとって最高の運動会でした。


October 11, 2003

亀吉

保育園で、亀吉という名の亀が飼われている。5年前に入園した時に既に園の住民だった。古くなった赤ちゃんの沐浴のおけの中で飼われていて、いつも首を伸ばせる限り伸ばして、外に出たいように見える。今日見たら、おけの上に緑のネットが張られていた。大きくなって、おけから逃げてしまえるようになったようだ。

いつからか、動物園や水族館に行くことが嫌いになっていた。籠に飼われている鳥、鎖につながれている犬に出会うたびに悲しくなっていた。

かわいそうに。本当に生きることを知らない動物達。子供の頃に捕らえれたのだろうか?大人になってから捕らえられたのだろうか?そんな悲観的な見方だった。

今でも見ると一瞬悲しくなる。でも生きていて、それぞれ与えられた環境で自分なりに時を過ごしている。亀吉も、私があの桶からこっそり連れ出し、うちの傍の鶴見川に逃がしてやれば、パートナーを見つけて小亀が生まれるかもしれない。でも、大雨で海まで流されて、死んでしまうかもしれない。亀吉は、保育園では人気者。本人に自覚はなくても、子供達に楽しみを与える事も生き方としては価値があるのかもしれない。

企業で働いている自分や多くの人達も、結局は飼われているのかもしれない。悲しみは何にも付いてくる。喜びも何にも付いてくる。亀吉が狭いおけの中で動き回り、首を伸ばし、賢そうな目で私を見た時思った。

September 21, 2003

初心に戻る

長谷川滋利氏の「チャンスにかつピンチで負けない」を紹介して頂いて読み始めた時は、半信半疑だった。メジャーリーグでまだ凄い、といわれる程の記録を残しているわけではないし・・・。

でもこの本を読むことによって、人はピンチが最大のチャンスだという事が再確認できた。急に逃れられない苦しい状況におかれることによって、特に自分のコントロールのできない状況であれば、苦しさのために必死に色々な角度から物事を考えるようになる。長谷川氏はそのプロセスをうまく伝えてくれた。

色々な本を読んでいるからと、Snobになっていた自分が恥ずかしいと思う。初心に戻る。自分の立場を知る。人をrespectする。

August 14, 2003

はい。

どの本を読んでも同じ事が書いてある。不思議です。今しっかりと学び、身に付けなくてはならない事だから、それがやたらと目に付くようです。はい。解りました。

自分のことばかり考えていないで、相手だけのことを考える。6月上旬に出したクライアントへのレポートをケーススタディに組み込むために今日再度目を通した。ショック!こんなつまらないレベルのものを平気で提出したんだ!

インドプロジェクトもそうだった。最初クライアントが何を必要としているか一生懸命説明してくれているのに、的外れなものばかり提出していた。いつからか、自分の観点からしか物事を見ることができなくなっている。

いつも佐藤さんに、スパイラル式に成長しているんだから、と言われている。成長できるかは、やる気次第。やる気あります!

August 12, 2003

成果を出す

鬼怒川温泉で受けた刺激は、バンコクのコンラッドホテルで受けたものとはかけ離れていたけれど、両方刺激だったことは変わりはないようです。色々と思いが浮かんでくる!

あゆのつかみ取りを子供たちにさせて、終わってから、あれ、私もやればよかった!なんて後の祭り状態。結構こういうのって多いかも。子供が関わることって、自分でも参加すればいいのに、自動的にオブザーバーになっている。これだと人生半分しか楽しんでないな。変えよう・・・なんてことを思いながら、大浴場を一人じめにして湯船につかっていた。ふと外をみると、なんとすぐそこの網戸に大きなミヤマくわがたのメスがとまっていた!!嬉しい!だってミヤマくわがたですよ!自然の。でもがっかり。だって今日は朝3時間森林公園を散歩していたんだから、木にとまってるやつを子供と一緒にみつけて、捕まえて歓声をあげたかった。

仕事もそうだな、と思いました。こういうふうにあるべき、こうやって起こるべき、とか。成果の上げ方はいくらでもあるけれど、起こり方がイメージしたものと違うとがっかりしているかもしれない。それ以上に、プロセスがイメージしたものであるよう、気がつかないうちに成果の妨げになっているかも。

July 15, 2003

リスト

よく、今の私があるのはあの人のおかげだ、と思う。
良い、悪いは別として、私の場合実際お付き合いしたことのある方と同じぐらい本の中で出会った方達の影響力が強い。今日読み始めたComing of Age in Samoaの著者であるマーガレット・ミード(Margaret Mead)は、その大きな影響を与える一人の人間になりうると思った。彼女の1920年代の社会心理学の内容は、今の日本でもそっくりそのまま使える。すごい!すごい!

過去15年間で一度もお会いした事のない方達からずいぶん影響を受けました:Margaret Mead, Tom Peters, Paulo Coelho,Peter Drucker, Masako Shirasu, Tsunekazu Nishioka, Kevin Kelley, Richard Faynmen, Margaret Thatcher, Konosuke Matsushita, Colin Powell, Stephen Covey, Yasunari Kawabata, Soseki Natsume, Jean Auel, Dale Carnegie, Lin Yutang, Melody Beatty, Waris Derie, Maya Angelou

論争の渦の中にいらっしゃる方々も少なくない。でも私はこの方々の本から、真直ぐ前を向いて生き続ける勇気を与えてもらいました。こうやって一人一人についてのネット上の情報をチェックしてみて良かった!また更に影響を受けることができそうです。

マーガレット・ミードのComing of Age in Samoa照会文より:

"Never doubt that a small group of thoughtful committed citizens can change the world"
「思いやりのある、献身的な人達の小さなグループが世界を変えられることを決して疑ってはならない。」

Her difinition of an ideal culture was one that found a place for every human gift.
彼女の理想的な文化とは、全ての人の天性を生かせる場所だった。

But Mead didn't go to Samoa just to study Samoans. Rather she wanted to understand the whole human race. She used her work in Samoa to examine big questions: How does culture shape individuals? What is the role of biology in human behavior?
ミードはただサモア人を研究するためにサモアに行ったのではなかった。それより、彼女は人類全てを理解したかった。サモアでの勉強を、大きな問題に取り組むために使った:文化はどうやって個人を形にするのだろう?人の行動の中での生物的要素はどういうものだろう?

・・・・・

当初は複雑系と呼ばれていなかったと思うが、まさしくその総合的観点から研究をされ、実践されていたようだ。タイムスリップしてミードと握手することはできなくても、本という、インターネット情報というタイムマシンで彼女と逢うことができる。

June 17, 2003

日本語で

やっぱり日本語で書くことって大切ですよね。でも苦しい・・・。

パリでは、大学時代に1年間勉強したフランス語をフレーズの本を見ながら思い出し一生懸命フランス語を話してみましたが、なんせなまりがアメリカ人なので、すぐに英語で回答がありました。トホホ・・・。

特にパリでは人種に対して色々と見方があって、ショーツはいてポロシャツ着てスニーカーを履いていればアメリカ人、ちょっとトータルコーディネートに欠けていながらもビトンのバッグをぶら下げていたら日本人、カジュアルな格好は移民等とすぐ思われるようです。

女性はパリジャンヌの女性から親切は求めても無駄。実際インフォメーションカウンターなのに、質問をするといい加減な答えで対応されたことが何度もありました。こりゃあいくら文化といえどもきついな、なんて思いました。でも、男性は一般的に女性にめっちゃくちゃ優しい。なんであそこまで・・・。

文化なんですね。面白い。パリは町全体がインタラクティブアートで、案内して下さる方もいたのでたっぷり楽しめました。戻ってきて気がついたのですが、何とパリではひとつも美術館を訪問していなかった!そう、あそこまで行ってルーブルも、オルセーもピカソ美術館も見なかった。でも美術館を訪問していたら、Avenceや、特許弁護士の事務所をゆっくり見たり、そこで色々な話もできなかっただろうから、それでも良かった。

今回の旅ではインターネットカフェに散々お世話になりました。日本を出たとたんに色々と緊急なプロジェクトが立ち上がったりして、それらのコーディネートを自分のラップトップを使えないまま辛うじて進めましたが、少なくともヨーロッパではネットを使って家族とも、日本での仕事とも繋がっていられました。

これって結構凄いことだと思います!

March 11, 2003

ブルー

今まだトム・ピーターズを勉強しています。
最初に読んだトム・ピーターズの本って確か2ヶ月ぐらい
前だった。「セクシープロジェクトで差をつけろ」で
始まり、「ブランド人になれ」、「Circle of Innovation」、
を経過し、今「Brand You 50」を読んでいます。
ほんと、アマゾンのおかげで、面白い事が追求しやすく
なりました。(ここ1年間で追求した人達:西岡常一
Paulo Coelho)
アマゾンばんざーい!
(株持ってません。)

坂詰さんと親の話しをしていて、
「ブルーにならないよう気をつけて下さい。」
という終わりだったんだけど、ちょうど夕べ
実の母の事でブルーになりかけていながら、
くるりっと気持ちを変えてプラス思考に
なったところでした。

それがどういう事だったか、今日読んでいた
「The Brand You 50」で発見しました。

p.151
"To banishi the blues."/Merlin to Arthur,
per T.H.white in The Once and Future King:
"The best thing for being sad is to learn something.
That is the only thing that never fails, the only
thing the mind can never exhaust, never be
tortured by, never fear or distrust and never
dream of regretting"

悲しい時に一番効くのは、何かを学ぶこと・・・。

夕べは確かに「学ぶ」という事を優先した瞬間に
心が軽くなった。

でもそういえば、「The Once and Future King」って
高校時代に買って読んだ。中身は全然覚えてなくて、
イラストレーションだけ一部覚えてるんだよな。

心を動かされた本って、何回も何回も読み返すから、
中身が自分の中に残るけど、そのほかの本(映画、
マンガ、雑誌の記事)ってすぐ消えてしまう。

忘れるのが早いってのは不利に思えるけど、でも、
私ってブルーな事もすぐ忘れることができるから、
得なのかな。


March 10, 2003

言葉の力

言葉の力は強い。「質問する」のエントリーの続きです。

大人が子供に対して使う言葉が
子供の自尊心に大きな影響を与えることを知っています。
でも、自分が自分に対して使う言葉に気がついたのは、
つい最近。

いつ頃からだったか良く覚えていないけど、
少なくとも1年以上前から、
「今の私の人生おまけだから・・・。」
と言い続けてきました。

人生で私にとって本当に大切なものは全て手に入れたから。
だから後はもうおまけ。

そう思い込むことが、それを幾度も口にする事が
自分の生き方をいいかげんにしてきたように思えます。

昔のように、張り詰めた糸のような精神状態には
なりたくないけれど、「おまけ」じゃせっかく生きているのに
もったいない!

だから本気出す事にしました。
沢山笑って、沢山遊ぶけれど、本気で生きる。
「おまけ」じゃなくて、「本体」。

かっこつけたくないから、
実力以上のことをやろうとしていると
思われたくないから、自分について
ちょっとオフな事を言ってしまう。

危ない、危ない!
言葉こそ相手を、自分を作るものだと
肝に銘じて言葉を使おうと決心しました。

March 07, 2003

質問する

寒いし、夕食に美味しいおうどんが食べたかったので、
夕べはたまに行くお店に行ってみたけれど、
閉店寸前だったからパス。しかたがないから、ラーメンで妥協。
何だか私にとって特別ならすたで妥協って申し訳ない
気がしたんだけどね・・・。

今日は午前中つめたい雨の中外出していたから、今日こそは
お昼にでもうどん!と思って田町駅でおうどんがメニューにある
おそば屋さんに入ったら・・・
「ご〜めんなさいね〜、今日はおうどん終わっちゃったのよ〜。」
なにぃ?!

でも次のアポもあったので、うどんを求めてさまようような
状況じゃなかったから親子どんぶりで妥協。

言葉の力は何よりも強い。でもついつい頭をよぎる言葉:
あ〜、今年ってほんとに物事が思うようにいかない年。
いちいちつまんないとこでひっかかかる・・・。
何だか自分の中でリスト作ってるんです。
うどん。仕事の企画。人とのタイミング。

だから今夜またうどん・・・と思った時、
目の前にあったローソンの看板を見て、
インスタントでも食べたい!と思い立ち、衝動買い。
万が一子供達に擦り寄ってこられて、またまた
食べ損なうなんて絶対やだから!と思い、
インスタントラーメンも3人前買い込みました。

そこで!
<ここからがこのエントリーで言いたかったことなんですよ。>
やっと手に入れただいじなおうどんのお金を払うとき、
何となく嬉しくて店員さんに気軽な質問。
「このお店で今一番売れ筋の食べ物って何ですか?」
ちょっと店員さんびっくり。
でもイヤそうだったり、困ったりしてなかったから、私は平気。
続けて、「やっぱりお弁当とかですかねぇ?」
すると店員さん快く会話に参加してくれました。
「そうですね、やっぱり場所的から言って、小さめの
御菓子類ですね。本屋さん(前に本屋がある)で立ち読み
して、ついでに寄るってかんじですね。」

そうかぁ。
コンビニって、ホント周りの影響が強いんだな。
小売店って、みんなそうかもしれないけど、
差別化できないフランチャイズのコンビニって
そんなもんなんだ・・・。
やっぱり何にしても色々と話して聞いてみないと
解んないもんだなぁ・・・。
私って仕事で何気ないことに対して十分に
質問できてるかな。きっと質問していないから、
真実を理解できてないことって、日常の中で
山ほどあるんだろうなぁ・・・。

質問して新しい発見するって楽しい!
しかも何て事のないコンビニの買い物して
こんなに楽しめるって、特に得した気分。

言葉の力は何よりも強い。だからここで自分に
言ってみる:最終的に大切なことは
ちゃんとできる年だよ、今年は。
そして自分の中で新しいリストを作ってみます:
見知らぬ人と楽しむ会話。笑顔。大切な家族、
友人、仕事のパートナー達との時間。

March 04, 2003

「ひらきこもり」のすすめ

Kantanew.jpg


「「ひらきこもり」のすすめ」というタイトルがなんとなく目を引いたので、
ちょっと読んで買ってみたんですが、私にとっては刺激的な内容でした。
そうか。今のインターネットってこういう人達に支えられてるんだ!
おたく、マニア、変人、「楽しみ」を追求する普通の人達。

ばっかじゃないの?と思わせるような過激な将来の予言をしたり、
今のギョーカイでの動きを上手くスナップショットで撮ったような
発言をしたり。

いやいや、「ピンポン」に引き続き、大いに考えさせられます。
これは昨年のワークプレイスコンサルティングの楽しさに
浮かれていた自分自身に対して頭を冷やして考えるための、
本物を追求するための最高の贈り物。

ゼロックスだ、ホンダだ、豊田だ、東芝だ、日立だなんて
大手企業の名前を並べないと仕事の話にならない現場で
働いている現状をどう考えるかだな。

何しろ私の個人的な目標は「自分に与えられた人生を
フルに生きながら人の役にたつ」ということなのだから、
大企業の社員達だけを相手にするというのが変だ。

バイリンガル(英和)、バイカルチャー(US-日本)で、
崩壊家庭出身、波乱万丈人生指数度5(0がいわゆる
平均的な子供時代、10がMaya Angelou)位で、
普通の幸せな家庭と仕事を持ちたいと願っている
若い人がいたら、役にたてると思うんだけど。

あれ、渡辺浩弐の「「ひらきこもり」のすすめ」の話だったような・・・。

何が刺激的だったのか:

「 十年前に一日十時間働いていた人は、今は一日一時間で
よくなってるはずである。ところはそうはなっていない。
 なぜ、いつまでたってもさぼれないのか。僕らが手にする
はずだった安息や幸福は、どこに消えてしまったのか。
 本当は、少し前にもう、世の中の百人に一人くらいしか
働かなくていいようになっていたのではないかと僕は思う。
 どこかで僕らは間違った道に入ってしまった。そして
無理やり仕事を作って無理やり働く、無限のサイクルに
入ってしまったんじゃないか。」

安息や幸福以外については、う〜ん、そうかも・・・と
思いました。安息や幸福は、その人の気持ち次第だと
思うから、それは一がいには言えないと思う。

この文章について早速今日身近な人と話したら、
どうやら2,3年前に、アメリカ人で同じようなことを言って、
結構騒がれたらしい。(誰だったかご存知の方、教えて下さい!)

「 ネットはさらなる発展を遂げていく。生涯たった一回でも、
自分だけの表現ができればそれで食べていける時代がくるだろう。」

このコンセプト結構面白い!いけるかも?

「秋元: 説明できても、あるいは別の人が聞いておなじことを
やっても、たぶんダメですよね。本当にやりたいことって、
説明できないもの。その瞬間のノリみたいなものが大事だと
思います。やってるときは本当に何も考えてないですよ。

渡辺: 一番ノってるときって、自分がやってることの意味を
考える余裕なんてないよね。

秋元: そうそう。余裕ができちゃうとダメ。考える事によって
広がっちゃうのはよくない。考えないことによって、いらない
ものが削れていくんです。どんどん細く削って、とがらせて、
針みたいになったとき、最終的に何が大事なのかってことが
自分でわかったりする。」

そうそうそうそう!

「つぐみ: インターネットていうのは、プールの中の水にあたる
部分なんです。流れとして変わらなければならないときに、
声高に叫んだり無理に行動したりするんじゃなくて、何か思っている
人がそれぞれ自分の思っている方向へなんとなく歩き始めると、
それが集まってゆるやかな流れができて、すべての問題が
すこしずつゆっくりと動いていくんじゃないかな、って。」

いいこというじゃないですか!!
複雑系の原型ですね。

で私の最終的な意見としては、やっぱ世の中広くて、
歴史的には、業界の人間が思っている将来が来た
ためしが無い。忘れやすいんだよね、自分に似た
人種以外の存在を。

Third worldでもネットやってる人達はいるけど、
世の中まだ繋がってなくてお腹すかしてる人の方が多い。
人口問題、環境問題は今の時点では無視できているけれど、
もう長くはない。これらの問題が無いとすれば、渡辺さんは
正しいかもね。

じゃあどうする?先進国のリアリティの中。グローバルな
リアリティの中。

「本当にやりたいことって、説明できないもの」か。
今やってるのかも。いや、やり始めているのかも。

・・・そして私は明日早起きできるんだろうか?

March 03, 2003

「ピンポン」

映画、ピンポンを観てから、ず〜っと考えています。
何だかはっきりしなくてもやもやしている。
US映画を観た後には起こらない現象ですね、これは。

スポーツの勝ち負けって何の意味があるのか:
こだわる人に意味がある。
(じゃあビジネスの世界での勝ち負けは?
やっぱりこだわる人がいて、その人たちには大いに
意味がある。)

(ビジネスで負けた人たちってどうなるんだろう?
日本ではシリコンバレー式にそれを評価しているのか?
それとも根性あるやつだけがまた公の場に踊り出るのか?)

才能がある人がいる。
でもその才能が本人にとって追求する意味がない場合もある。
好きで努力する人がいる。
でも努力しても進化できない場合もある。
そしてその周りの人たち。

誰でも愛さえあれば、前に進んでいけるというのが
「ピンポン」のテーマだったのでしょうか?


February 28, 2003

自分克服、場の克服

夕べ家に早めに帰ると、子供達がバラバラに遊んでいる中、テレビが
ついていました。番組の名前は忘れてしまいましたが、何やら3人の
ジャグラー(ほら、お手玉とかナイフとかをジャグリングする人達のこと)
のあらゆる場所での対決がネタになっていました。2人はベテラン道化師。
1人は世界ジャグリングチャンピオンシップジュニア戦で東洋人では
初の優勝者、17歳。

見ものだったのが、フィナーレの横浜ワールドポーターズ前で、
客引きをしながらのパフォーマンス。昼と夜のセッション2回行われたん
ですが、昼のセッションでは、道化師の道を歩んできた2人の周りには
人が集まり、ジャグリングしか知らない、通りがかりの客を集めることなど
やったことのない17歳の周りには、全く人が集まらない。なりふりかまわず
人を集めようと必死に通りすがりの人達に声をかけるけれど、効果なし。
焦る。パフォーマンスでも簡単な技もミスる。
それでも勝ちたいという気持ちは捨てない。

夜のセッションも始まりは昼のリピート。17歳の周りには観客ゼロ。
でもそこで彼の中で何かが吹っ切れて、彼は観客ゼロの自分のエリアで
ただ、ただ自分の技を出し切ってジャグリングし始める。

すると、その見事な技に気が付いた通りすがりの人が、他の2人を見ていた
観客が次から次へと集まって来て、結局一番多くの観客を集めた。
17歳は、自分のできること、自分の技を自分らしく外に出しただけ。
そして最終的にはこの番組でもチャンピオンとなる。

こうやって文章になってしまうと、あの実際起こった場の気の流れが
やけに味気なくなってしまうけれど(まあ書き手の国語力の問題が一番
大きいのが原因ですが)実際に自分克服、そして場の克服を見ることが
できて感激でした。

年齢もやっている事も関係ない。勝ちたい(克服したい)という信念と、
ユニークな技を持っていれば、成功する。この工程は、ビジネスも
スポーツも芸術も同じなんですね。
そして最終的には全てが芸術に達する。

あまりにも多くの人達が誰かの生き方の「改善」モードから、企業が
どこかの企業の「改善」モードから抜け出しきれないでいる今、
あなたと私は、何かでユニークな事をしましょうよ!
今はまだそのユニークな事が何か発見できていないし、それは
明日になるのか、20年先になるのか解らないけれど、生きている限り
きっと成し遂げたい。

Jerry Garcia said "be the only ones who do what we do."
Sounds like something good enough to live for!

February 27, 2003

意味のある事をするためには

自分の英語のエントリーをblogサイトで見て、ある事に気がつきました。私がこれから声をかけてこのサイトに来てもらう人達は、主に日本人なんだ!という事に。その人達に、私の頭の中を駆け回っている思いや考えを伝えていくには、日本語が一番なんだ!

ここは日本。オッケー、アメリカから戻ってから12年経った今でも、思考プロセス、文化、行動パターンはアメリカ人のままでも良いかもしれない。でも今日ハッキリ認識したことは、自己表現を日本語でしなければ、日本で意味のある事は何もできないということ。きちんと日本語を勉強しよう。沢山日本語を読んで、沢山日本語で書いて、美しい日本語の文章が書けるようになろう!

人間って物事を理解するためには、ぐっと離れた所から全体を見ることがホントに大切なんですね。